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共に生きよう 1

Seid umschlungen, Millionen! (共に生きよう、全ての人々よ) Diesen Kuß der ganzen Welt! (この(キス)を世界じゅうに贈ろう!)  今の就活は大学3年生のうちにもう就業体験会やら研修プログラムやら(インターンシップってやつ)ってのがあるのらしい。  奏はこの夏休みに行きたい企業がいくつかあってエントリーシート(今は「履歴書」とは言わないんだそうだ)を出したそうなのだが、全滅だった。それでちょっと腐ってるーーさりげなく聞いてみたら、僕でも知ってるようなゲームや玩具の会社の名前が出てきた。憧れに向かって夢を見るのは大切だが……まあ、無理もないのかもしれない。  奏は大学では学業優先ーーといえば聞こえはいいが個室の付箋やメモが語るように、定型発達の人々に合わせて作ったカリキュラムを、円満な人間関係を築きながらこなすのに見えないところで他人の数十倍エネルギーを使っている。そのため実働時間の数倍クールダウンの時間が必要だ。  という訳で、大学行事やサークルで中心的役割を果たしたりボランティア活動をしたりバイトリーダーをしたり……いわゆる「ガクチカ」(エントリーや面接時にアピールできる『学生時代に力を入れた事』)なる必須アイテムをゲットしていない。 「ガクチカ」がない場合はインターン経験が武器になるという話を聞いた姉は、短期でも都内でなくてもいいから今からでもどこかに行かせたいと考えているようだ。 「何か見つけて勧めてあげて」  と、共同生活のルール的なこと以外、こちらでの過ごし方については口を出さない主義の姉にしては珍しい頼み事をされた。  何でも今や就活用のSNSや情報アプリの他、インターン募集専用のアプリまであるそうでURL一式が送られてきた時にはうーん……と唸ってしまった。  正直、側から見たら奏の夏休みは悠々自適の趣味人のような生活に見えるけど、時間通りに起きて寝て三食食べてネットゲームで友人とのコミュニケーションをとり、気が向けば前期の講義の課題レポートを書いて時々遊びに行ったり忘れた頃に単発のバイトを入れたり……本人的にはこれでも総出力運転なのだ。 「免許取ろうかな」  夕飯の時、奏がぽつんと言った。 「車の普通免許?」  奏は首を振った。 「大型二輪」「おおがた・にりんん?」  僕は思わず聞き返した。  いや、本人が取りたいっていうなら金銭面以外は応援してやりたいと思うけど、奏からはバイクが好きだとかいう話は聞いた事がないし、その匂いも一切しなかった。姉からも奏がバイクに乗りたがって困ってる(?)という話も聞いた事がない。  確かに僕の十代の頃は漫画やドラマの影響で、猫も杓子も選挙演説のようにナナハン、ナナハン、って連呼してたもんだけど。今の時代は娯楽も多様化してるし、時代は繰り返すっていうがバイクや車好きの素養のある若者の魂をパソコンがゴッソリ持ってってしまったような感もある。  ちなみに僕自身は普免も車のただの移動手段・生活手段というクチで、都内のように乗らないで済めばそれに越したことはない。車検とか自動車税とか免許更新(なおゴールド)とか、けっこう面倒臭いし金もかかるし。 「大型二輪って750ccだっけ」 「よくわかんない」  ここで盛大にコケたりハリセンでツッコミを入れたりしては、謎の決意表明の真相にはたどり着けない。ちなみに400cc以上が大型二輪だと後でググって知った。 「よくわかんないのにとるの?」 「いや、友達が別な友達と一緒に取りに行く予定だったんだけど行けなくなって、やっと取れた予約でキャンセル料ももったいないから、代わりに行かないかって」  うーん……それ、友達に便利に使われてないか?いや、もしかしたら友達ってのもダメ元的な軽い気持ちで聞いたのかもしれないが。  世間には「年相応の最低限の社会常識」という概念があるのではないかと思うが、奏にはあまり当てはまらない。「馬を水辺に連れて行くことはできても水を飲ませることはできない」というコトワザが服を着て歩いているような子だからだ。  ただし、自分で関心を持ったり必要だと思えば身につける努力はできるので、単なるワガママとか怠惰とか、理解力が無いのとも違う。

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