74 / 99

きっと見守っている 1

Brüder, über'm Sternenzelt Muß ein lieber Vater wohnen. (きょうだいよ、天上から(ちち)がきっと見守っている)  唯人さん、九月になった。  こちらは残暑どころか下旬まで猛暑日がだらだら続く。そっちはだいぶ涼しくなっているんだろうからもう他人事だろうね。  唯人さんがそっちに帰ってから、一年が過ぎようとしている。そろそろ僕もこんな文章ダラダラ書いてないで、切り替えなきゃいけないんだが。  演奏会の三ヶ月前ーー来月にプロの本番指揮者を迎える第一回の指揮者練習がある。畝川先生は少しでもマエストロの要求するレベルに答え、プロオーケストラと遜色ない演奏にするため、仕上げにやっきになっていて、指示もより細かく、高度になっている。 「……というより前に、もうちょっと合わせられない?」  とは言え、直される部分の大半は相変わらず発声と音程についてなんだ。仙人というよりは時々鬼っぽいオーラが見える。  年末に第九を歌う合唱団の多くがプロの指揮者とソリスト、そして多くの場合地元のプロオーケストラを招聘して共演する形をとっている。  わが県の誇る北関フィルこと北関東フィルハーモニー管弦楽団はこの時期、各地の第九コンサートに引っ張りだこである。指揮者とソリストも各地のアマチュア合唱団に呼ばれて日本中を飛び回っているので業界的にはかなりのかき入れ時だろう。  限られた期間とその会場のコンディションに合わせて常にベストの演奏を提供しなければならないのはアスリートと同じだ。何の世界でもプロやスペシャリストと言われる人たちはすごい。その辺がアマチュアとの違いなんだろうな。 「第九」を歌うアマチュア合唱団は、自治体の援助を受けている団体もあるが、中毛第九合唱団はどこからも資金援助のない自主団体である。そのため、本番にかかる莫大な費用ーー二千人規模のホールとプロのギャラや含めた演奏会の経費を、演奏会のチケット売り上げとプログラムの広告費でまかなっている。  当然、演奏会のチケットは団員が自分達で売らなければならない。  九月の声を聞いた途端に受付に大量のポスターやチラシが置かれ始め、宣伝とチケット販売、プログラムに載せる広告依頼への協力が呼びかけられる。他の合唱団やサークルに入っていて同じ趣味の友人が多かったり、職場や地域で顔が広かったりする人にはどうってことのないことかもしれないが、元々ここの出身でもなく友人が少ない上に非社交的な僕には胃が重くなるミッションだ。  入団当初は練習のレベルとかそんなことばかり気にしていて、チケットのことまで頭が回らなかった。というより結団式で「チケット売ってもらいますよ」とはっきり言われていたら入団を諦められたかもしれないのに……いい大人なんだし自分で決めて入ったんだから一応は頑張ってみるけども……  人生の黄金時代だった高校の吹奏楽部時代、一番の苦行だったのはコンクール直前の怒濤の追い込み練でもでも定期演奏会前の鬼合宿でもなく、演奏会にともなう渉外活動だった。  全国大会連続出場の強豪やブランドバリューのある一握りの有名校は別として、一普通高校の校舎内外にポスターを貼り出し、町内に回覧板を回した程度で僕らレベルの吹奏楽部が市のホールが満席にできるはずもない。  地元の商店街をグループに分かれて回るプログラムの広告とポスター貼りの依頼、各部員に課されるチケットのノルマである。前者はそれでも社交的で話の上手い奴にくっついて、後ろで一緒に頭だけ下げれば何とかなった。問題は後者、一人あたり五枚のチケットノルマである。

ともだちにシェアしよう!