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共に生きよう 10

 まだ若いだろうし、別に住んでるとかかなーと思ってたのに。 「お互い、親との関係に悩んでて、友人みたいな同志みたいな夫婦でした。東京で結婚してからはお互いの実家と疎遠にしてたんですが、アカリが生まれてから、うちの母とは少し行き来があったんです」  アカリちゃんのママが亡くなった後、例のパンデミック騒ぎが起きて、この街でアカリちゃんを一緒に育てようと言われたのだという。  アカリちゃんにとっては少なくとも、チギラさんのお母さんはいいお祖母ちゃんだったので、自分が我慢すればうまく行くだろうと思い戻って来たそうだ。が、同居はやはり無理で同じ市内の少し離れた場所に住む事にしたという。 「これまでも預かるって返事した日にドタキャンされてリスケしたり、ってのは時々あったんですが。まさかアカリに関わる嫌がらせはしないだろうって思ってたから余計ショックで」  チギラさんは鼻をすすりながら「わけわかんないですよね」と痛々しい笑いを見せた。 「いや。うちの親も相当わけわからんです。チギラさんの親より歳いってると思うけど」 「本当に?うちよりひどい?」 「いや……それは僕にもわからない。というより、誰かの家と比較できるとか思ったこともなかった」 「わかる」  チギラさんは大笑いした。 「できれば、家族カウンセリングってやつを受けた方がいいと思いますよ。僕の家もそうなんですが(ラスボス)が手強い」 「何ならラスボス同士対決させますか」  今度は僕がツボって大爆笑した。 「その発想はなかったー!」  何その世界最終対戦!確かに、他の家の事ならよく客観視できて、一つも同一視する事なく正論を言い合うのかもしれない。 「怖いもの見たさしかない!でも、次の日世界が全部反物質になってそうで怖い!」 「藤崎さん、面白ーい」  カウンター席での野太い爆笑を通奏低音に、アコーディオンとハミングで音を合わせる、聞き覚えのあるハーモニーが漂う。 「お二人さん、ほら立って!最後は第九歌うよっ!」 「あははは、マジですか」「暗譜してませんが!」 「どうせならみんなで肩組んで!せーのっ」  「フロイデ シェーネル ゲッテルフンケン……」と、畝川先生の指揮で、やや音程のあやしい四声の合唱がダイネ・ツァオベルじゅうに響いた。  帰り際、女の子三人はほんの少しだけ涼しくなった外に出て、アカリちゃんがやり方を教わりながらゲームできゃあきゃあ対戦していた。約50年生きてるし身内にも昔の女の子がいるが、やっぱり女の子というのはよくわからない。  女の子の子育てという、僕の知らない未踏峰に挑んでいる最中のチギラさんの背中を無性に押してあげたくなる。

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