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共に生きよう 9

 チギラさんはため息をついた。 「絵を描いて大人しくしてるのは過集中なんですよ。ああいう時は助かるんだけど大人は時間で動くでしょう。途中で急に飽きちゃったり、反対に集中してる時に帰る時間になったりするとそれはもう大騒ぎで。家だと真夜中過ぎまで描いてることがあるし……」 「発達障害」と括られるものに色んな種類があるように、同じ診断名がついた子でも色んなタイプの子がいる。ただ、親の大変さだけは共通なのだろうと思う。 「アカリの事を誰よりも考えられて理解してやれるのは俺だと思ってます。ダイネ・ツァオベルは、ゆくゆくはフリースクールみたいな場所にできたらいいなって思って始めたんです。でも時々、振り回されてイライラするばかりで、自信が無くなります」 「あの、アカリちゃん……『勝手にしろ』って言われて、勝手にしただけじゃないですかね?」 「はい?」 「アカリちゃん、僕にあった時に、『おーたんを待ってる』って言ったんです。だから、『コンビニのおにぎりが食べたい』→『勝手にしろ』→『コンビニに行っておにぎりを買っていい』という解釈だったんじゃ」  チギラさんは一瞬、放心状態になって、視線が泳いだ。 「俺、まだまだですね……藤崎さんがいてくれて、奏君もお姉さんも心強いですね」 「いえいえ、僕なんか、一人じゃとても」  ここでやっぱり唯人さんの事が思い出されて、僕は下を向いた。 「……?」  少しの沈黙を挟んで、 「母は、アカリの障害が受け止められないんですよ。小児心療科の予約がようやく取れた日にやって来て『わざわざ子どもを障害者にしたいのか』って言ったり。で、ようやく療育が始められたら今度は、訓練すれば訓練するほど治ると思ってる節があって、説明しても聞かない」  チギラさんはまた自分の話を始めた。 「母は音楽家になりたかった自分の夢を俺で叶えたかったようなんですが、そうならなかったのを未だに根に持ってるし……根は深いんです。  アカリが学校に行けないのは俺が好き勝手してるからだと思ってるらしく、色々気に入らなくてこないだは無断ボイコットしたようです。アカリを寝かせてから散々喧嘩して、それから口きいてません」 「そうだったんだ。でも、それはお母さんの心の問題じゃないですか」  余所様の親に何だが、「毒親」という二文字が浮かんだーー僕の母とどっちがマシなんだろうな。 「そうなんですよ。アカリの前ではいいおばあちゃんなのがまだ救いなんですが」 「一人で抱えては大変ですよ。失礼ですが、アカリちゃんの『ママ』は何て?」  僕は気になりながらずっと聞けなかった、今日も全く影すら見えない「ママ」の事を思い切って聞いてみた。 「亡くなりました。アカリが二歳の時、病気で」  チギラさんは鼻声になってまた下を向いた。頭をぶん殴られたような衝撃が走った。 「亡くなった……?」  

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