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地球は青かったのさ 1
Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
(ひれ伏すね?人々よ。世界を創られた方を感じるね?)
Such' ihn über'm Sternenzelt!
(神様に会いに宇宙に行ったら)
Über Sternen muß er wohnen.
(地球は青かったのさ)
唯人さん。
世はこないだまでジャック・オ・ランタンが乱舞していたのに、今はクリスマス商戦一色だ。奏は講義と就活と卒論の準備に忙しいようで、クリスマスにかこつけて小遣いをせびりに来る予定すらない。彼女ができた気配はないが、友人達とちょっとはお祭り騒ぎに乗ったりするんだろうか。
僕の方は十数年ぶりのクリぼっちだーー去年もお互い仕事だった気はするけど、ちょっとした色んな思い出が溢れてきて辛い。いっそ日本古来の冬至カボチャから積年の恨みで刺客を送られてしまえ。
キリストの聖誕日を呪ったせいか今日、バイトから帰ると阿久津さんの年賀状の住所宛に出したはずの郵便物がそっくりそのまま「宛先不明」となって戻ってきていた。中身はもちろん僕らの第九演奏会のSSプラスS席チケット五十枚と代金の振込用紙。チケットの話をしてから約半月、発送してから10日以上経っている。僕はパニックになった。どうして今頃こんなことになったのか、全く理解ができない。
ーー僕の言動が先輩を怒らせてしまったのか?
だが全く心当たりがない。
無理に大量のチケットの買い取りを頼んだわけではないし、僕の言動が気に障ったならその場で何か言うだろう。その後の連絡だって特にしつこくしたわけではない。留守電を一本と、発送の報告と受け取り確認のためのメール計二通。それに「受け取り拒否」ではなく「宛先不明」なんだから。僕は考えに考えた。
ーーそうだ。内部告発してからの退職したから、セキュリティが厳しいところに引っ越したとか?身の安全のために家族とも離れて支援者名義の物件にかくまわれ、場所も転々としているのかもしれない。僕は国家権力の暗部を見た思いがして慄然となった。
だが僕的には国家権力よりも目の前の第九だ。どうにかして先輩と連絡をとり、チケットの引き渡しと代金の支払いをしてもらわなければならない。今月末に入金締め切りがあるが、僕の一ヶ月のアルバイト代より高いので自分では立て替えられない。
ところが、こないだまで留守番メッセージを吹き込むことのできた先輩の番号からは「この電話は現在、使われておりません」という応答が返ってきてメールは送信エラーになるーーこんなの、何かの間違いだ!
僕は次に、先輩の名刺にあった省庁の代表番号に電話をかけてみた。若い女性が出たので僕は自分の名と先輩の名、部署を告げて取り次ぎを頼んだ。忙しいらしく耳障りな保留音が流れたまま数分間待たされた。すると先輩でも同じ部署の人でもなく、最初に応対した女の人がもう一度出た。
「阿久津という職員は当省には所属しておりません」
「……えっ?」
何言ってんだこの人?
「所属してないって……、あの、じゃあもう退職したんですか」
「退職といいますか……先ほどおっしゃった部署にも他の部署にも、阿久津という職員はおりません」
「そんなはずは……だって、今年の 春までは在職していたはずなんですよ。そちらの名刺もいただいたし」
「ええと……少々お待ちください」
それからさらにさっきの倍近く相手の保留音が流れた。嫌な予感が止まらなかった。
ーーまさか阿久津さん、存在ごと消されたーー?
そういう設定のサスペンスホラー映画を昔観たことがある。もう寒い時期だというのに僕は背中に汗をかき、そして震えた。
「失礼ですが、どのようなご事情か伺ってもよろしいでしょうか」
またさっきの女性だ。
ーーチケットのために阿久津さんをこのまましつこく探し続けたら、次のターゲットは僕……
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