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ハハハ!ついに見つけたぞ(※)1

「事務局を僕が?」 「いや、いきなり運営の仕事をやってくれっていうんじゃないんだ。資料を作るとか作業のお手伝いだけでも」  ダイネ・ツァオベルのカウンター越しに、満面の笑みとともに淹れたてのコーヒーを差し出しながら、チギラさんが言った。  それなら……できるかな。どっちにしてもこの状況じゃ断れない。 「わかりました」 「藤崎さんが運営委員として加わってくれるそうでーす」  テーブル席で事務局の他のメンバーが拍手喝采した。  僕はチギラさんに無断で出奔したので、なんでも言うことを聞かなきゃいけなきそうなのだけど……こっち?  チギラさんのこの、つかみどころがなくゆるゆるやってるようで鮮やかな追い込みっぷり……恐るべき策士だ。  でも彼が一緒なら僕も何か役に立てるかもしれない。 「この団もだんだん若い世代に手渡していかないといけませんから」  畝川先生がえびす顔で言った。 「それはそうと、先輩の遺品のレコードというのは」 「ああ、そうでした。これです」  僕は自分のバッグから例のレコードを取り出して先生に手渡した。ダイネツァオベルの片隅に飾ってある蓄音機、装飾用だとばかり思っていたら実はアンティーク仕様のプレイヤーで、歓迎会の時にもレコードをかけていたという。斎木さんの「小松姫」同様、誰も聞いちゃいなかったけど。 「おお、第九じゃないですか。バーンスタインの歴史的な名盤ですよ」 「そうなんですか?」  クラシックの歴史は長くその世界は奥深い。野球やサッカーに「記憶に残る世紀の名試合」が存在するようにクラシックにも鬼気迫る名演奏だとか歴史的名盤だとかいうのが存在する。 「『自由への賛歌』。一九八九年、ドイツのーーいえ、世界の東西分断と冷戦の象徴であったベルリンの壁が崩壊したことを記念して行われた特別演奏会のライブ版です。  当時ベルベルト・フォン・カラヤンと双璧を成したユダヤ系アメリカ人の名指揮者、レナード・バーンスタインが東西ドイツの混成オーケストラ、東西ドイツの合唱団、児童合唱団、ソリスト、さらに英米の音楽家達を交えて第九を演奏したんです。『Freude(歓喜)』を『Freudich(自由)』に読み替えて歌ったことでも有名です」 「ドラマティックな演奏会ですね」  僕が高校受験とガラスの自意識の狭間で思い切りいた揺らいでいた時だ。瓦礫の前ではしゃぐ若者たち、希望と不安の両方を抱く市民の表情……そんな光景が連日報道されていた記憶だけは頭の片隅にぼんやり残っている。 「演奏の質となると……いくら世界的なオーケストラと合唱団とはいえ臨時の寄せ集めですからね。世界的巨匠の牽引力をもってしても細部の荒さは正直否めない。ですが、名演か名演でないかと言われたらこれは間違いなく名演でしょう」  先生は熱っぽく語っていたが、 「先生。講釈はその辺でいいから、早く聴いてみんべえ」  という斎木さんの茶々で、渋々チギラさんにレコードを託した。  蓄音機型プレイヤーに盤を置いたチギラさんが手を止めた。 「これは……、スナオさん宛の手紙のようだ」 「えっ」  チギラさんはジャケットの中から手のひらサイズの封筒を取り出して僕に渡した。  何せレコードが届いた衝撃が大きすぎたせいで、レコードの解説書だとばかり思いこんでいた。唯人さんも僕がここまで間抜けだなんて思いもしなかっただろう。ごめん。  はやる思いと震えと手汗でなかなかうまくいかず、それでもなるべく丁寧に唯人さんからの手紙を開けた。  出会ったのはラブレターじゃなくてSNSとメールの時代だったが、彼の日常生活上のメモや持ち帰りで作っていたポップーー丹念で読みやすい字をよく覚えている。  僕の目に飛び込んだ字は震えて力が無く、判読不能になってはまた持ち直している。何日もかけて体調のよい時に綴ったものなんだろう。唯人さんの最期が改めて悲しくなった。 ※ 歓喜のメロディーに添えられた、ベートーヴェンの自筆書込

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