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きっと見守っている 5
え、ここ笑うところ……スベった?
「人の長所を見つけるのが上手くて、他人を貶すような事は絶対言わないのに、どうして自分の事だけは……」
何故か悲しそうなチギラさんに責められているようなのだが、どうしていいかわからない。謝るのも何か違う気がするし……
「藤崎さん」「っはい」
ちょっと背筋伸びた。
「藤崎さんの事、俺もナオ君って呼んでもいいですか」
「……はい?」
なんだこの空気。
「いや、ナオさんでもいいです」
冷たい湿り気をおびた風がチギラさんの髪を揺らしていた。色の濃い瞳に反射光が映り込んで綺麗だと思った。
「……」
チギラさんは推しであり友であり同志であり……大きな大人としてのこの先の一生で得られるかどうかという素晴らしい人である。その人がーーそのココロは何であれーー僕に対して下の名を愛称で呼びたいと言っているのは……距離を縮めて親しくなりたいという事じゃないのか?喜ばしい事じゃないのか?
ここは一も二もなく「喜んで!」と言うべき場面のはずなのだが、なぜか僕は身内や唯人さん以外の人からそう呼ばれるのに抵抗があった。
「スナオで……」
と掠れ声でやっと答えた時、頬が紅潮しているのが熱でわかった。
「わかりました。俺のことは、翔って読んでください」
やっとチギラさんが天使のような笑みを見せた。ケルビムじゃなくてガブリエルとかミケランジェロ方面の……
「二人だけの時でいいですから」
え?何なんだこの空気?
唯人さんんん!!!
僕はそれから魂が抜けたようになって、家に帰るまでの記憶がない。
チギラさんは……どういう意味で名前をよびあおうと言ったのだろうか?
親友として、だったら光栄だし願ってもない事だけど、恋愛対象としてってことある……?いや、きっとそれはない。
何か知りたいと思って無意識のうちに「千木良翔」と入れてググってしまっていたよ。そしたら東京でアーティストとして活動していた時の作品とか、今よりちょっと若い彼が自分の作品と一緒にユニセックスなルックでポーズをとっている紹介記事なんかがいくつも出てきた。
そのキラキラさ加減にまた落ち込んだり疑問がぶり返したり「振り出しに戻る」とエンドレスリピートを繰り返していたが、いい加減風呂入って寝ようと思った時、鏡で全裸の自分を見て冷静になった。
ーー勘違いしちゃダメだ勘違いしちゃダメだ勘違いしちゃダメだ
その時スマホが鳴って、優待離脱状態で交換したSNSにハートマークのメッセージが来ていてまた動揺した。
狼狽えていたタイミングで奏から、近況報告のメッセージが来たもんだから、つい
「告られたかもしれん」
と送ってしまった。wのマークが一列分帰って来たーーそりゃそうだよなぁ。
「忘れてくれ」
「ごめんて。どっち?」「おとこ」
「すきならつきあっちゃえば?」
「そんな簡単にいかない」
唯人さんを忘れて新しい人生を歩くんなら、イタい勘違いオヤジになろうが何しようが、この流れに乗ってしまえ!と、十年前の僕なら思っただろうな。老人の骨折が大事になるように、加齢で心がパサパサしてる分、失恋した時の心も骨折で死に至る。
「俺のしってるひと?」「まあ」
「チギラさん?」「なんでそう思う?」
「なんかナオ君今年で一番うれしそうだった」
今年で一番って何だよ。
奏とやりとりしているうちに少し気持ちが整理できた。
やっぱり僕は絶望的に、唯人さんの事がまだ好きなのだーー他の男 に同じ呼び名で呼ばれて、心が共振動で震え砕けそうになるくらいには。
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