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地球は青かったのさ 10

ここで辛さに負けて一年の頑張りを無駄にしたら僕はきっと次の一年もうだうだぐずぐずと無駄にしてしまう。  奏やアカリちゃんが自分のテンポで成長し、チギラさんが試行錯誤しながら前に進むのをよそ目に、僕は楽器と同じく合唱も途中で放り出してしまい二度とチャレンジする事なく、後悔と思い出の中には閉じこもり続けるのか?  唯人さんがレコードに託した無言のメッセージの真意は「ぐだぐだ言うより先に尻を上げて動け」的なことなのかもしれない。 「わがりまじた。どにかく会場に行ぎまずーー歌える状態かどうかわがらないげど……」  家に誰もいないのをいいことに大声をあげて泣いたせいで声が嗄れていた。不安しかないのだけれど…… 「迎えに行こうか?」  チギラさんが気遣わしげに聞いた。彼だって運営の仕事をしながらリハーサルなどのタイトなスケジュールをこなしているはずだ。 「いい。自分で行ける」  何度も顔を洗いスーツに着替えて会場の大ホールに着いた時には、他のみんなはもう舞台に乗っていて、オケとソリストも交えたリハーサルの真っ最中だった。裏方の手伝いに来ていた合唱団OGが「せめて前撮りの記念写真だけでも」と舞台袖まで連れて行ってくれたのだが、僕は皆の邪魔にならないようにそっとそこを出て、二階席の後ろから演奏を聞いたーーそこで初めて気づいたんだけどうちの合唱団、思ってたよりレベルが高いんじゃないか?僕が入ってテノールの音が狂ったり濁ったりするよりはこのまま帰った方がいいんじゃ……  もうすぐ集大成の舞台を控えた晴れの場では僕の修羅場は僕自身だけのものだ。誰一人知り合いのいない披露宴会場に一人だけ喪服で来てしまっているような、酷く場違いな気がした。  結局どっちつかず。結局中途半端。結果を出すとか大失敗するとか以前に、優柔不断でどちらにも進めず、何かをする前に自分を守って終わってしまうーー大人になってからは、いつもそうだった。  受付のボランティアの人たちに怪訝そうな目で見られながら、自宅に忘れて来た荷物一式の代わりに情けない思いだけを抱えて、ロビーのソファにぼんやり座っていた。 「スナオさん!」  チギラさんの声に飛び上がって振り向いた。  大半の男性団員が僕のようにフォーマルスーツに蝶ネクタイ姿の中、チギラさんは「ブラックタイ」と呼ばれるタキシード姿だった。ふわふわのセミロングをややかっちり目にセットし、近づかないとわからない程度の控え目なラメを散らしている。その凛々しさと見目麗しさにこれまでの悲惨な状況を一瞬、全部忘れて見とれてしまった。 「ああ、よかった」  チギラさんは彼とはまるで対照的な、萎れてくしゃくしゃと縮こまったままぼんやり座る僕を、壊れやすい宝物を抱くかのようにひざまづき、無言で抱擁した。 「チギラさん、タキシード汚れ……」 「よく来てくれました」  チギラさんの体温が心地よく、頑なにひん曲がっていた自意識が溶けていく。チギラさんは起き直ると僕の横に掛け、 「辛いでしょうがこういう時は、一人で家にいない方がいいと思うんです」と静かに言った。 「……」  ホールの中から、晴れやかな衣装姿の他の団員達が笑顔で次々と出て来た。 「おう、藤崎君。チギラ君。何してんだ。記念撮影終わっちまったで」 「ぶっつけ本番だが、何とかなるさ」 「藤崎さん、間に合いましたね。よかった、よかった」  斎木さんや花田さんが僕に声を掛け、畝川先生が声を掛けてくれたーーこれで帰る選択肢は無くなってしまった。 「合唱団の皆さん。今から昼休み、その後はいよいよ本番です」  志塚さんがみんなに呼び掛ける。 「もうすぐ開場です。ロビーにお客さんが入りますから正装のままうろつくのは禁止です。時間になったら呼びに行きますので、控え室で待機していてください」 「目が赤えで。さては二日酔いか?」  斎木さんが僕の顔をのぞき込んだ。 「緊張してるだけです。俺がついてますから……行きましょうか」  チギラさんが僕の肩を抱え、椅子から立たせた。労わられてまた泣きそうになった。  舞台裏にある正式な楽屋は六道先生、ソリスト、オーケストラが使うため、合唱団の控え室は女性が地下のリハーサル室、男性はホール四階の会議室だ。  四階行きのエレベーターを待つ間、チギラさんには悪いが、僕はこう言った。 「迷惑かけっぱなしでごめんなさい。リハーサルも結局できなかったし、口パクでも舞台に乗れるような気がしない。今日は当日券買って、みんなの演奏だけ聴いて帰りたい」 「うん。それでもいいよ」  チギラさんは優しく笑って僕の肩を叩いた。 「受付に言えば客席にも入れてもらえると思うよ。でも、合唱団の正装した人が立ち見席にいたら余計目立つんじゃない?」 「立ち見?立ち見が出てるの?」 「そうなんさ」   斎木さんが自慢げに振り返り、花田さんが補足した。

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