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地球は青かったのさ 3

 芳川さんは憮然とした口調で答えた。 「別に警察沙汰にしたいわけではないですよ。前にも高校の部活仲間という人から職場に電話がかかってきたことが何度もあって……元奥様の代理人からもです。あの人、どれだけ周りを巻き込んだら気が済むのか」  芳川さんから次々吐き出される新事実に頭がついていかない。 「え?先輩、離婚してたんですか?じゃあ前にもこんなことが……?」 「部活関係でしたら、OBの方に連絡をお取りください」 「その人達の名前はわかりませんか?」 「担当者も変わりますし、以前の事ですので……もし阿久津と連絡がついたらお手数ですがお知らせください」  ちゃっかりそう言って電話は切れた。僕は阿久津さんの退職とか離婚とか、そこら辺の詳しい話がもっと聞きたかったのに……  とりあえず先輩と僕の同期に聞いてみようと思った。ネット社会以前で個人情報保護云々がゆるく、家電の入ったクラスや部の名簿をどこでも作っていた時代である。  だが、それも自宅だ。三十年以上不義理をしといて片端から電話をかけるのもなあ…… 「そうだ」  地元のことは姉に聞くに限る。大学まで実家から通って二十三区内に就職し、結婚後も実家の近くに住んでいる。職場、同窓会、PTA、親の会……何より無駄に顔が広い。 「高校も学年も違うし、仕事も忙しいし……」と渋る姉をどうにか説得するためこれまでのトホホないきさつを「ウケる!」と無情にも笑い飛ばされてしまうという代償がついた……そんなにおかしいか?身内ほどいざってなると冷たいよな。傷ついた。  阿久津さんと連絡がとれようがとれまいが、肝心のチケットをどうにかしないことには解決にならない。僕は県庁のてっぺんから飛び降りる気持ちでSS券二十枚とS券の三十枚の束を持って第九合唱団の事務所を訪れ、当番で詰めていた花田さんに頭を下げた。さすがの花田さんも渋い顔をして「ううん」と押し黙り、その夜のうちに臨時の事務局会議が招集された。  急な会議だが演奏会の成否に関わる重要なこと、ということで事務局の十人全員が出席した。志塚さん、花田さん、斎木さん、チギラさん、そして畝川先生。僕は泣き出したいのをこらえ、一生懸命これまでの経緯を話し、「捌ききれなかった代金は少しずつ弁済します」と最後に頭を下げた。  さすがに結団以来前代未聞の事態だそうでみんな押し黙っていた。斎木さんが口を開いた。 「事情はわかったから。そんなに頭を下げなくてもいいだんべ」 「そうよ。一人で被らなくてもいいんだから。売れなければ強制的に買い取りなさい、って決まりはないのよ」 「そうですよ。これからみんなで手分けして売ればいい」  みんな温かくフォローしてくれた。すると事務局長の志塚さんが言った。 「事情はわかりました。でも、一つだけ聞いていいですか。チケットの返送が遅れたのは仕方ないとしても、買い手の方と連絡がとれない時点でおかしいと思わなかったんですか。どうしてすぐ相談してくれなかったんですか」 「すみません……」 「藤崎さんに謝ってもらいたいんじゃないんです。でも演奏会までひと月しかないんですよ。藤崎さん、入ったばかりだし裏方の事情はわからないかもしれませんけど、事務局は練習場所の確保やプロの方達との折衝、印刷業者さんとの打ち合わせなんかを平行して行いながら、遅くとも本番三ヶ月前にはチケットの販売ができるよう何がなんでも間に合わせるんです。それだけ余裕を持って売ってもらわないとホールを満席にするのは難しいんです。  それにお金だけの問題じゃないんですよ。ステージからよく目立つ良席がガラ空きというのは六道先生やプロの奏者さんに失礼だし合唱団の士気にも関わります。SS席のほとんどを藤崎さんに回したので、毎年SS席を連番で買ってくださる方にも他の席で納得していただいている手前もあるし。  ですがうちの先生方も事務局の皆さんも主だった方には声をかけてしまっているし、これ以上売れるかどうか……」  志塚さんは責めるような口調ではなく極めて冷静に理路整然と述べた。それがかえってこたえた。あまりの正論ぶりに、堪えていた涙があふれ出した。  

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