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第20話

 花や手紙や電報や親戚や知人や友人が、名前のわかるものも、よく分からないものも、山ほど自宅へ押し寄せてきて、舟而と白帆はしばらくてんてこ舞いに舞った。 「名前の最後に“而”がつかない男は、僕の親戚じゃない! 五〇円なんて金を貸す義理もないっ!」  舟而は苛立たし気に髪をかきむしる。 「いいえ、文藝会大賞というのは、栄誉をいただくもので、お金を頂くものではないそうで。……はい、よろしゅうございますか。ご足労様でございました。お気をつけて」 「寄付でございますか。今はそこまでの余裕はございませんで、いずれそういう余裕ができましたら。……いえ、いつになるのかは、私にはわかりかねますけれども。……はあ、相済みません」 白帆も言葉を選び選び、玄関先で応戦する。 「受賞祝賀会が終われば落ち着きます。……舟而先生はご不在で、わたくしは留守の者ですのでわかりかねます」 助っ人に来てくれた日比は、親戚を騙る来訪者を簡単にいなして笑っていた。  その受賞祝賀会は、舟而が脚本家として受賞したので、専属契約を結んでいる会社が主催してくれた。 「わが社と致しましても、今回の受賞は大変な栄誉であり、今後ますます舟而先生の精力的なご活躍を期待致すものであります」 ホテルの大宴会場の舞台の上で、滅多に顔を見る機会のない社長が朗々と挨拶をする。  祝辞が続き、白帆が紹介された。 「銀杏白帆丈に祝舞をご披露頂きます。曲は、長唄「寿」です」  松を描いた黒の着物をお引き摺りにして、舞扇を片手に静かに舞台へ現れる。  一言も物は言わず、ただ静かに身体を動かし始めた。  控えめな様子だったのに、踊り始めてみれば、さすが銀杏白帆という踊りだった。首を傾げれば花が零れ、視線を斜め下へ落とせばそこに花が咲く。扇を動かした残像は花弁となって風に舞い、可愛らしく足を踏み鳴らすかと思えば、眩暈を感じるほど甘く粉っぽく薫るような風を起こして見せる。 「曲が終わっちまうのがもったいないよな気がするね」 「ずっとずっと見ていたいわ」 「付き合いで顔を出したつもりだったけど、この踊りを見るだけでも、来た甲斐があったな」 たった一曲、祝辞一人分と同じ時間だけ踊って、白帆は舞扇を納めると、また静かに舞台を去って行った。  乾杯の発声は森多だった。 「舟而君は、今日のような晴れの日ですら、ポマードで髪を整える訳でもないし、目の覚めるような高級な衣装を着るでもない。でも、まあとにかく色男だ。彼の目尻には色気がたっぷり溜まっている。だから、いつも世話焼きな女があとをついていて、とても作文をするような男には見えなかった。見た目は今でも同じかな? でも初めてぼくのところへ送ってきた小説はとても泥臭くて、垢抜けない文章だったよ。昔は自分の中を探究して書くようなのが多かったけれども、今では他人を観るようになった。これは僕の指導の賜物かな。わはははは。……まあ、彼はよく努力をしただろうと思う。乾杯!」  グラスを持つ人達はやや唐突な乾杯の発声に軽い戸惑いを覚えたが、すぐ笑顔になって周囲の人とグラスを触れ合わせた。舟而は静かに頭を下げた。  役者たちが賑やかに歌や踊りを披露する中、舟而はグラスを片手に多くの人と挨拶を交わし、白帆はとても静かに舞台袖で余興を演じる役者たちの世話をした。 「白帆ちゃんもご馳走を食べていらっしゃいよ。先生にもおめでとうって言ってくれば」 「ううん。私はもう何度もお祝いを言ったから、今日はいい」 静かに首を振って、一度も宴会場の中へ入って行くことはないまま、歓談の時間は終わった。 「では最後に、渡辺舟而先生よりご挨拶を賜ります」  舟而は金屏風の前に立ち、目の前のマイクへ口を近づけた。 「本日はこのように盛大な祝賀会を催していただき、七宝興行株式会社始め、皆さまに心より御礼を申し上げます」 舟而はそう言うと、一旦マイクから顔を逸らして深呼吸をした。 「僕は、このような場には全くそぐわない野暮天です。こんな僕が、もっともっといい脚本を書きたいと高い理想を掲げ、自分に足りないものを考え、至らなさを悔しく思い、それでも原稿用紙に向かい続け、このように大きな賞を頂き、このように立派な祝賀会まで催して頂けるまでになったのは。それは、この世でただ一人の、かけがえのない親友のおかげです」  舟而はもう一度、大きく息を吸い、吐き出すと、会場全体を見渡した。 「会場の皆様に御許しをいただきたい。今、少しだけこの場をお借りして、その親友に感謝の気持ちを伝えさせてください」 話しながら、舟而が右手を舞台下手(しもて)側に向けて差し出すと、真紅の薔薇の花束が、社長秘書から渡された。 「僕の命に代えてもいい、そう思うくらい大切な親友、俳優の二代目銀杏白帆丈に花束を差し上げたいと思います」 会場から拍手が沸き上がる中、舟而は花束を軽く掲げて見せたが、白帆は舞台上手(かみて)側の袖で、黒髪を揺らしながら首を左右に振り、両手も横に振った。 「そんな風に言わないで、頼むよ、白帆。ここへ来て、僕の、きみへの愛を受け取ってくれ」  白帆は舞台の上へ押し上げられたが、まだ端の方でもじもじしていた。 「白帆、もっとこっちへ来てくれ」 マイクを通して名前を呼ばれて、舟而の笑顔が真っ直ぐ白帆に向いていて、誰かに強く背中を押されて、ようやく白帆は舟而の隣まで歩いて行った。 「先生、おめでとうございます」 「ありがとう。こんな野暮天な僕だけれども、これからも一蓮托生で頼むよ。……いいかな?」  白帆は何も言わず、ただはっきりと頷くと、舟而から花束を受け取った。  沢山の拍手にただお辞儀をして白帆は逃げるように舞台を降りて行ってしまった。  お開きになって、舟而が来賓を見送る間、白帆は舟而の楽屋として与えられている小部屋へ駆け込むと、壁に寄り掛かってしゃがんだ。 「先生、ずっと、ずっと、一蓮托生です。どこまでもついて参ります……」 真紅の薔薇の花束を抱き締めて、今日一日ずっと我慢していた大粒の涙をぽろぽろとこぼした。

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