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第29話*

 帰宅するとすぐ白帆は風呂を焚き、湯を舟而の顔に掛けて笑い、泣いた顔を洗い流した。  白帆と湯を掛け合って遊ぶうちに、舟而の顔には僅かばかりだが笑顔が戻り、二人はいつも通りに互いの背中を流しあい、舟而は一足先に風呂を出る。  二組の布団を敷いて、そのままぼんやりと布団の上に座っていた舟而の背中に、湯上りの白帆のしっとりした体温が触れた。 「白帆……?」 白帆は何も言わず、まだ湿っている舟而の髪に頬を擦りつける。 「甘ったれだな」  子供をおぶってあやすように、後ろへ手を回して白帆の背中を支えながら、ゆらゆらと前後に上体を揺らした。 「森多先生は、素晴らしい脚本家です」 「え?」 「会社の資料室で、森多先生のホンをずっと遡って読みました。舟而先生のお師匠さんに相応しい、素晴らしいホンでした。この世の地獄を笑い飛ばして見せる、素晴らしいホンでした」 「うん」 「しゅうじ、という名前の書生が出てくるお話がありました。よくもてて、その家の主人が用を言いつけようとしても、いつも女の人に呼び出されて家の中にいなくて、主人は文句を言っているんです。でもその書生が小説が書けなくなったとき、顔を覆って泣いている書生の隣に座って、その背中を撫でながら助言をするんです。『だったら脚本を書いてみないか』って」 「うん……」 「先生を救って、育ててくださった、素晴らしい先生です」 「うん、うん」 「どうぞ森多先生のお弟子さんでいらっしゃることを、誇りに思ってくださいまし。森多先生のいいところは、全部舟而先生に受け継がれてます。私は、森多先生も、舟而先生も、心からご尊敬申し上げております」 「ありがとう。ありがとう、白帆……」 「お礼なんて。どうぞまたいいホンを書いて下さいまし。苦しさを吹き飛ばすホンを書いて、私に演じさせてくださいまし」  白帆は舟而の頬に自分の頬を押し付け、それから自分の唇を押し付けた。  舟而は振り返って、白帆を自分の胸にしっかりと抱き締めた。 「僕はこの先、何回、こうやってお前さんに助けられていくんだろうな」 「何度でも。何度でもでございますよ、先生。二人で一緒におじいさんになって、閻魔様のところへ伺うまで、何度でもでございます。私のことだって先生はいつも助けて下さるんですから、お互い様です。一緒に助け合って参りましょう」 「ああ。一緒に。いいな、お前さんと一緒におじいさんになるなんて、とても楽しみだ」 舟而はゆっくりと白帆を布団に押し倒した。白帆は胸に舟而を抱いて微笑む。 「おじいさんになったら、互いの手や腕を杖代わりにして、一緒にお散歩をしましょう。物忘れをしたら、覚えている方が教えてあげて、一緒に忘れてしまったら笑ってそれぎりにしちまいましょう」 白帆の真珠色の肌へ唇を滑らせながら、舟而も笑う。 「お前さんがものを食べて、口の端にくっつけたら、僕がつまんで食べてあげるよ」  寝間着をはだけて露わになった胸の粒を、舟而は指先でつまみ、口に含んだ。 「ンっ、は、ああ……っ! 今と変わりませんね。ふふっ」 笑って震える腹に舌を這わせ、そのまま布を取り去りながら下って行って、薄墨色にけぶる場所へ顔を埋めて、白帆の形を口に含む。 「ああ、先生っ!」  ぬめる口内で翻弄されて、白帆は小さく腰を震わせる。さらに舟而は自分の指に香油をとって、奥の蕾も同時に探り始めた。 「はあんっ、そんなに、そんなになさったら……。いけません、そこ、ダメえっ!」 制止するのと同時に、もう白帆は舟而の口の中へ放ってしまって、真っ赤に染めた顔を両手で覆う。 「はあっ、はあっ、……す、すみません。私ったら」 「そうやって恥じらうから、悪戯したくなるんだ」 「先生、子供みたいですよ」 「男なんて、死ぬまで子供だよ」 「ふふっ、さよですね。……んっ」 「やんちゃだしな」 くすくす笑いながら猛るものを蕾に押し付けると、白帆も笑った。 「もう、先生ったら! ああ、焦らさないでくださいまし。奥まで、もっと奥まで……っ」 香油の助けを借りて根元まで収めると、白帆は頬を薔薇色に染めて微笑んだ。 「先生と一蓮托生です」 舟而は頷き、微笑み返しながら、丁寧に白帆の内壁を擦る。眉根を寄せて耐える白帆の姿を飽くことなく眺めた。  白帆の身体が高まるにつれ、舟而の身体も高まって、ずり上がる白帆の身体をぐっと引き戻して抱き締めると、舟而は咆哮しながら思いの丈を白帆の中へ解き放った。  千穐楽のあと、白帆は楽屋前の廊下に貼り出された紙に役者たちが群がっているのに気付き、一緒になってその紙を見た。 「森多先生が会社を辞めたってさ」 「急な病気で里へ帰ったって話だよ」 「ここ何日か、姿を見かけなかったのもそのせいだったのか」 「あたし、ついこの間、お尻を触られたばっかりよ。元気だったじゃないさ」 「脳やなんかだと、本人にもわからなくて、突然おかしくなっちまうって話だからな」 「怖いわねぇ」 「でもまぁ、潮時だったんじゃないのか。会社の金を横領した、会長の奥さんに手を出したなんてキナ臭い噂も、いろいろあったからな」  白帆は楽屋へ戻り、新聞を読んでいた舟而に話し掛ける。 「森多先生、ご病気で会社をお辞めになったんですって。ご存知でしたか」 「ああ。さっき聞いたよ」  舟而は新聞の内側で文化欄を見ていて、そこには今、千穐楽を迎えた森多の脚本を辛辣に批判した劇評が載っていた。 「お前さん、次はどんな芝居を演りたい?」 「え? 先生、またホンをお書きになるんですか! 嬉しい!」 白帆が黒髪を揺らし、胸の前でぱちんと手を合わせて声を弾ませるのを、舟而は新聞に隠して自分の唇で白帆の唇を窘める。 「声が大きいよ。森多先生が辞めて、予定していた脚本が立ち消えになった。僕にお鉢が回って来たんだ」 「私、幸せな終わり方をする芝居がいいです。こうやって、先生と一緒にいるときのよな。死ぬ時までずっと一緒で、幸せだって言えるよな、そういうお芝居がいいです」  白帆の笑顔に、舟而も笑顔で頷いた。 「それはいいね、ぜひともそういうホンを書こう」

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