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ひとりは慣れてる

 これまで、何か悩み事があると柚弥はこうして椋田に打ち明けることが度々あった。  だが友達についての悩みを吐露した記憶は確かに特段なく、にも関わらず椋田は自分の対人関係についてほぼ正確に察知している。  ここに来たことはやはり、柚弥(かれ)にとっては『正解』だといえた。  だが、むしろそこが堪えた。  離れていても自身を理解している椋田の特別さ、そして己の不安定さをあらためて目の当たりにしたようで、柚弥は俯いて黙るしかなかった。 「俺も人のことは言えない。だけど、逃げたらそれまでだ。 ……お前は、 昔それを俺に教えてくれた。 お前に信頼できる友達が出来ることは、俺だって嬉しいよ…………」 『それ、今言う……?』  (こご)った心が溶けそうになる。  穏やかに語りかける椋田の口調と眼差しはあくまでも静かだ。  だが胸に迫ってくる感情は強くて、さざ波のように高まり、泣き出しそうになるそれを柚弥は隠して抑えた。  授業を抜け出して来たのに、真摯に自分と向き合ってくれる。  きっとそれは、誰に対してもそうなのだと思う。それでも、嬉しかった。  不本意にも不細工になっているであろう顔を見られたくなくて、柚弥は頬杖をついた掌にそのまま顔を隠そうとした。  前に進もうかとも思えてくる。  けれど先程の、拒絶され自身に向けられた裕都の凍りついた表情は脳裏に変わらず染みついている。  そして振り払われた感触が、左腕からいまだ消えない。  それが柚弥を前に進ませず、臆病さをしがみつかせたままでいた。 「——…………やっぱ、いい」 「何……」 「いいよ。多分、無理。判らないけど、俺の何かが、完全に拒否られてる」 「……」 「だからいい。怖いから、いい」 「橘……」 「嫌われるのは、怖いよ……」  つーかもう嫌われてるし、と付け加え、柚弥は掌から頬を離した。  開け放たれた窓からの生温い風が彼の前髪を靡く。  そこから彼が時折見せる、ひどく冷めた、諦めたように遠くを見遣る表情が、柔らかい色素を廃した髪になぶられ、覗いた。 「別にいいよ。 ひとりは、慣れてるし……」  目の前で変わって行く柚弥の表情を、椋田はただ苦々しく見つめていた。  いかにも自由気ままに振る舞っているように見え、とかく誤解を受けやすい。  だが他人の機微にいたく敏感で、よく視ている。そして少しでも拒絶や恐れを感じたなら、臆病さを隠し途端に心を鎧って離れて行く。  本当は誰よりも、人を恋しがっている癖に。  今、まさに歩み寄りたいと願って近づこうとしていたものを、自ら手離そうとしている。  この子は、自分のように(とざ)されちゃいけない。  そう強く思わずにはいられなかった椋田は、先程課した『約束』を自ら違えようとした。 『——柚弥(ゆきや)』  本来、今までも、そして心の中ではずっとそう呼び続けてきた名前だ。  だがそう呼びかけようとするより早く、その禁をあっさり先に破ったのは、柚弥だった。 「——ねえ瀬生(せのう)さん」  窓外を見つめ、表情を喪くしていた柚弥は、不意に射るような瞳差しを椋田に向けた。 「彼女出来た?」

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