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そのために君を

「ねえ、お腹空いたし、もう食べよ! 休みなくなっちゃう!」  気を取り直すように柚弥は緑蔭の中で顔を上げ、笑顔を見せた。  購買で買ってきた物を袋から取り出して一つ一つ愉しげに膝周りに乗せていく。  僕も自分が買ったものを取り出しつつ何気なく彼が並べた物を見たら、思わず徐々に目を見張ってその堂々と並べられていくランチの群を順に追ってしまう。    ヒカレツサンド、卵サンド、ウインナーまるまる一本入ったマッシュポテトのキッシュ。  フレンチ小倉トースト、筋子のおにぎり、カルビのおにぎり、レアチーズタルトブルーベリーソース添え、チョコクロワッサン、 そして相伴する飲む物は、いちごオレだった。  ガッツリ×ガッツリ×ガッツリ、甘い×甘い×甘い……。  その中間はなく、炭水化物の何乗か。  辛うじて挟まっている野菜は、申し訳程度のヒレカツの千切りキャベツ、ポテト、カルビと一緒くたになっている何か……。  卵サンドは被っていたものの、無難に中間のものばかり選んでしまった僕は、無難なハムチーズレタスサンドの封を開けるのも忘れて、思わず訊ねていた。 「…………それ、全部食べるの……?」 「うーん、思わず本能のままに選んじゃったけど。甘い系は、とりあえずおやつかな。あとは小腹が空いた時とか? てかいくらのおにぎりがもうなかったあ! 俺、いくらのおにぎりないと死んじゃうんだよ。仕方なく筋子にしたけど、何か筋子って、いくらと同じなのに? 変なとこ攻めてくる味しない?」 「うん……。攻めてるのは、柚弥君な気もするけど……」 「あ、野菜がないとか思ってるなあ? 今は昼だから好き勝手してるけど、一応朝と夜は、気遣ってるよ。 朝はミニトマトと何かしらビタミンC多いフルーツ必ず食べるし、デーツってドライフルーツがきてるらしいから、それを玄米フレークに低糖質の豆乳掛けて食べてるな、最近は。 タンパク質は豆腐とサラダチキンって決めてるし。あとシリカがいっぱい入ったミネラルウォーター、常温でこまめに摂るようにしてるよ。やっぱ肌には、水分沢山摂るのが基本だから」 「あっ、そういうのやっぱり気をつけてるんだね、失礼しました……」  シリカって何だろうという疑問は置きつつ、感心しながら答えたら、柚弥はヒレカツサンドに口をつける前に吹き出した。 「……違う、冗談だよ! 何かこういうこと言うと皆んな納得するんだけど。前の席の(おり)ちんの受け売り! 美容系のチャンネル持ってるんだよ、あの子。 何か怒られるんだよ、そんな何も考えてない小6みたいな食事のチョイスしてその肌むかつくとか。俺の本性は、ここにあるものだよ」  突っ込んでよ! とヒレカツサンドを顔の横に並べて柚弥はおかしそうに笑っていた。  また『素の姿』、見せてくれたのか……とひそやかに思いながら、 「解った、今度からは突っ込むよ」と、僕も笑い返した。  柚弥は僕の答えに嬉しそうに微笑み、そっと下を向いてヒレカツサンドを小さく口にしてから呟いた。 「良かった。…………裕都君、口利いてくれて」 「え……」 「何かもう、朝から、……駄目だったでしょ? だからもう、仲良くなるのは無理なのかと思って……。……ごめん、だからつい、四時間目は逃げちゃったんだけど……」 「あ……、それは……!」 「裕都君、(すっご)い良い子だから、つい嬉しくて……。きっとぐいぐい行き過ぎたよね? 俺、人との距離感おかしいところあるみたいだから……。気をつけるよ。ごめんね……」 「いや、違う、いいんだ……! 僕の方こそごめん、いきなりあんな態度取って……。 ——謝りたかったんだ。嫌な思いさせたって。 だからずっと、さっきも待ってた。戻って来てくれて良かったって、思ってるんだ」 「……」 「僕も柚弥君と隣になれて、良かったと思ってるんだよ。 だから、そんな風にごめんとか、思わないで…………」    思わせてごめん、と付け加えた。  それを聞いた柚弥は、僕の言った言葉を胸に落とし込んだのか、 やがてつぼみから花が広がるように、心底嬉しそうな様子で、顔を綻ばせた。 「良かったあーー……っ!」  またそんな嬉しそうな顔、してくれるのかという喜びと、それとは真逆のような感情が正直ない交ぜになっていて、 複雑な心境で僕はその笑顔を見守っていた。 「良かった。俺、もう裕都君には完全に嫌われたと思ってたから……。 そうじゃないって、思っていいのかな……?」 「……うん。そうじゃない……」  そうだ。『嫌って』いる、訳じゃない……。 「そう? なら、良いけど……。じゃあ、朝は本当にどうしたの? 本当は、何かあったんでしょう……? それは、もう解決したの……?」 「それは……」 「いいよ。裕都君が、言いたくなかったら言わなくてもいい」 「いや、言う……」  僕は顔を上げ、今日初めてと言っていいくらい、柚弥の瞳を真正面から見て、捉えた。 「——そのために、君を誘ったんだから……」

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