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回帰するきみに問う

 言い掛けたまま、であるのにあまりにも僕が問うような表情で彼を見つめ続けているので、柚弥の不思議そうな面持ちは、やがて不安げなそれへと変わっていった。 「裕都(ひろと)君……、どうしたの……」  問われて、喉が渇いていることに気がついた。  そのためではないのに、まだ応えが口から引き出せない。  臆すのはおかしい。ここまで来ることを決めたのは僕だ。  心が揺れてしまわないように、僕は胸の想いに鎧いをつけるようにして確かめた。 「——柚弥君は……」  どこかで鳥の、甲高い鳴き声が響いた。遮るように。  それへ重なるように柚弥が声を掛ける。 「ねえ、やっぱりどこか具合が悪いんなら、」 「見たんだ」  被せるように言って、柚弥の唇が封じられたように止まった。  その表情を直視し続けることが難しく、僕の顔は僅かに横に振れた。 「柚弥君は、ああいうことして、平気なの……?」  逸らしたくなくて、僕は再度瞳を上げた。  その時、不意に膜のような既視感が僕を包んだ。 「えっ……?」と小さな声で呟いている柚弥の、緑蔭で燻んだ灰色がかっているインナカラーの、その下の白い小さな右の耳で揺れているピアス。  あれ。 あれって……。  思案に捕らわれそうになった僕の前で、柚弥は問い返すように瞳を見張っている。  不意に現れたそれを払うよう、僕は言葉を続けた。 「——昨日、帰ってる途中、忘れ物に気づいて、学校に引き返したんだ……」  続けながらも、僕は既視感の理由を無意識に探していた。  そうだ。彼の耳で揺れているあのピアス。  あれは夏休みに、初めて会ったとき彼が身に着けていたものじゃないのか。  あの時はまじまじと見なかったし、白銀(シルバー)の繊細な鎖一本だけが瞳に入って、シンプルだけど洗練されたデザインだと思っていたけど、違ったんだ。  既視感と緊張が言葉の邪魔をする。  だけどもう、進まなくちゃならない。  答えを搾り取ることが精一杯で、彼の瞳に真正面から向き合うのは、かなわなかった。 「だから、放課後、教室で…………。 柚弥君と、先輩達がいて……。…………その後も、 ——……見ちゃっ、た…………」  鎖だけじゃなかった。  流れるような鎖の線上、耳との間の行き止まりに、 手で印を切ったように、白銀(シルバー)のとても華奢なプレートが横切っていて、十字架になっている。  十字架の中心には、血痕みたいに紅い宝石(いし)が埋め込まれていた。  一体、彼は自らにどんな罪や(かせ)を、科しているというのだろう。

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