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誰よりも

 梗介の名が出た時から、柚弥の表情のいろがまた変わった気がした。  僕が二人の関係を訝しむように見ているのに気付いたのか、柚弥は淡く微笑み、その淡さを俯けた横顔に乗せたまま唇を開いた。 「…………俺、梗介と付き合ってるんだよ」 「え……」 「つーか同棲してる」 「え……!?」 「君みたいな普通の子には理解出来ないと思うけど、俺達はそういう関係なんだよ。別に二人とも女が駄目って訳じゃないけど、まあ、うん……。 いつの間にか、そうなってたな。……結構昔から、色々あって……。 俺の方が梗介に縋って、梗介が拾ってくれた、ていうのが正しい図式かも知れないね……」 「……」 「俺、こんな顔だからか、昔から男に目つけられることが多くてさ。どうにもならない時は、もういい、金取って仕事にしちまえって感じになって……。まあ、それが切っ掛けっちゃあ、切っ掛けかも知れないな」 「……」 「でも、本当にそれはただの切っ掛けに過ぎないよ。今じゃもう、それが常態化してて、日常の、本当にただの『バイト』って感じ。暇つぶしや遊びと同じくらいにしか思ってないし。 罪悪感とか恥じらいとか、倫理観や道徳観念ももうないね、別に。擦り切れてなくなった。 ……別にあれ自体も、そんな嫌いでもないし、皆も愉しけりゃそれでいいんじゃない。お金も貰えるに越したことないし。…………いかれてるんだよ、俺達は」  確かに、『いかれて』いるのかも知れない。  だけどほんの少しだけど、彼等の関係の背景は、垣間見えたような気はした。 「普通はそんな風にならないのは知ってるよ。爛れてるでしょ……」 「…………さっきも聞いたけど、先輩は、柚弥君がそういう事するのとかされるのは、何とも思わないの……?」 「梗介は……。ぶっちゃけあの人の方がきっと俺より感性(センス)とんでるから、あまり理解しようと思わない方が良いよ。 梗介も今更俺が誰かに抱かれてどうとかは、大して感じてないね、多分。寧ろ、"御主人様"として、所有物の鑑賞的な? うーん……。 あの人の価値基準、いかに自分を"悦ばせられるかどうか"だから、今日のそそり具合(プレイ)はいまいちだとか、それぐらいにしか思ってないんじゃないの。俺の"バイト"も、『俺の最高傑作を、奴等に分け与えてやってる』くらいの感覚なんじゃないかな、きっと」  凄い言いよう。でも、そこまで間違ってないと思うよ、と可笑しそうに笑う柚弥に、冗談とも真実とも取れず、僕が笑えずにいると、 「ごめん、たまに褒めてくれる時もあるし、そこは愛情表現もあると思うから、許してあげて」とフォローするように付け加えるので、 ますます訳が解らずにいたら、柚弥は表情をやや改めた。 「……梗介は、他人の事で心動かれされたりしない。俺が汚れに(まみ)れようが何だろうが、それは俺の問題であって、自分がどうこうしようとかしたいとも絶対思わない」 「でも、柚弥君が傷ついたり、理不尽な目に遭うっていうのは……」 「うん。普通の感覚はね。でも、一度汚れたりなくしたものって、もう戻って来ないでしょ」  流れるように言ったけど、僕は彼を見返した。  柚弥の横顔に揺れはなく、淡々と続ける。 「梗介は他人のことなんか本当にどうだっていいんだよ。与えもしないけど、自分も当然見返りなんて求めない。おそろしく厳しいんだ。他人にも、多分誰より自分に。 妥協、て概念が一切ない。他人に何も(もと)めてないんだよ。 ついて来たければ来ればいい、俺は何も変わらないし、変えもしない、てところかな。いつだって自分だけの力で独りで立ってる。 ……凄いなあ、あの人。言いながら思ったけど、昔からあの人は、ほんとぶれない。 この世の正しいとか、お綺麗なものは、ほんとゴミみたいなもんなんだよ。敵にすら回してない。自分が希めているものだけなんだ。そこが俺にも、まだうまく解らないんだけど……。 でも解る人なんて、これからも現れないんじゃないかな。あの人の、見つめる先——。 あの人を突き崩すものなんて、この世に存在するのかな。昔から思ってるけど、凄く綺麗な、黒い宝石みたい…………」 「……」 「俺にあの人みたいな強さがあれば、きっとこんな風には、なってなかったよ……」 「柚弥君は、先輩のこと……」 「好きだよ」  驚く程強く断言して、僕は再度、彼を見直した。 「梗介のこと、誰よりも愛してる……」  (うた)うように、聴こえた。でも、静かだった。  彼が紡ぐ真摯さは、酔うような熱と静謐さが一つに溶け合っていた。 「さっき言ったの、少し訂正する。俺が絶望に打ちひしがれてた時、梗介が俺を救ってくれた。 梗介が俺がどんな風になっても揺るがないのは、梗介だけが、俺の"ほんとう"を知ってるからだよ。 そして俺のからだも魂も、全部梗介のものであることを知っているからだ。 俺がどんなに醜い姿になっても、梗介だけが俺のことを全然変わらない眼で見てくれたし、傍にいて、手、掴んでくれた。 俺は梗介を愛してる。例えこの先梗介が他の誰かを選ぼうとも、構わない。 誰にもとらわれない、梗介だけが俺には尊い。それは誰にも変えられない」  そう語る柚弥の横顔は、透けて見えるかもしれない、と想えるほどに澄んでいて、 なのに言葉の確かさは揺るぎなく、見えないひかりみたいなものが(しず)かに差し、厳かだった。  僕には、その横顔こそが美しく、崇高でさえあった。

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