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『本当』のきみ

 こちらへ向いた柚弥の微笑は、昏く捩れたかたちに、どこか荒んだ濃い澱みを滲ませていた。 「隠すつもりだったけど、仕方ないね。君が見てたのは、ただの上っ面。 別に女が駄目って訳じゃないけど、俺は好きで金貰って、男とも寝るような奴なんだよ」 「…………っ」 「それ以外の事情なんか何もないよ。そのまんまだよ。あ、別に俺から売り込んでる訳じゃないけどね。 本当、何なんだろうな。女が周りにいないから? 一応、こんな顔だから? 手軽に女の代わりが出来ると思われてんのかなあ」 「…………受け容れる必要あるの? それって……」 「えー、だってさあ。泣いて梗介(きょうすけ )に土下座する奴とか居るんだよ。そこまでされたら、断るこっちが却って悪いみたいじゃん。 しかも、結構な額までわざわざ出すって言うんだよ。貰えるもんは、貰っといた方がいいでしょ。別に俺は、目瞑ってるだけでも良いって言うしさ。…………一応、それ相応の対応はしてるつもりだけど。……そんな悪い話でもないよ」 「だからって…………!」 「だからって何? いいじゃん、別に。 気持ち()いことして金貰って、一体何が悪いって言うんだよ!」  悪夢みたいに歪んだ顔で嗤う彼を、僕は信じられない思いで見つめるしかなかった。 「俺は君が思ってるような、救いなんかない奴なんだよ……」 「…………」  でも。 「でも……」  "本当"の君は、を望んでいるのか……? 「本当は……」 「『本当の君は、そんな事する子じゃない』」  驚いて振り向いた先で、柚弥は先程の悪意に満ちた昂りもすっかり冷めた顔で、薄く微笑していた。 「裕都君もそれ、言う……?」 「…………」 「さっきも何か言ってたね。よく言われるんだよなあそれも。 『君は本当はそんな子じゃない』『そんなこと、本当はしたくない筈だ』」 「……、」 「本当はって、何だよ。擦れたように見えて、実は純真な心隠し持ってるってやつ? ねーわ、そんなの。 そんな漫画か携帯小説の安い設定みたいなの、要らねえし。 俺はだよ! そもそも。勝手に妄想だか理想を押し付けないでほしいね。純粋なんてもの、あったとしてもとっくの昔に捨ててるわ。つーか始めからそんなものきっとないね! 俺なんて何もない。からっぽだ。違うな、皆んなが吐き出した薄汚いあれの、掃き溜めみたいなんもんだよ!」 「そういうこと……っ!」 「言うよ、だって本当じゃん! 俺なんて、実はとか、そんな大層なもんじゃないよ。それ相応の存在だ。皆んな、手近な珍しいオナホぐらいにしか思ってないだろ。その通りだよ」 「自分のことそういう風に言うなよ……! 昨日の、一人の子はそんな風には見えなかったけど、始めは……っ」 「結構見てたね。同じだよ。違うって言うんなら、じゃあ何で皆んな結局俺の中に突っ込んで出すんだよ。普通に生え揃ってるの付いてる男だわ。落ち着いて見てみろよ。それで女が脱いだら、結局そっちの方が勃つんだろ。 ああほんとくだらない。あ、皆んなは一応、そんなくだらなくはないよ。その場の空気に惑わされてるだけだ。——くだらないのは、俺」 「…………っ」 「期待させたかもしれないけど、俺、そんな高尚なもの持ってないよ。ごめんね」 「…………」 「…………先輩は……」 「…………え?」 「夏条(なつじょう)先輩は、どう思ってるの……」 「……梗介?」 「夏条先輩がいるから、そういうことしてるの…………?」  柚弥は、少し考えたが、やがて「ああ……、」と納得したように息をついた。 「別に梗介に脅されて、無理矢理客取らされてる訳じゃないよ……」 「…………」  そういう単純な関係ではないだろう、ということは推し量られた。  ただ、柚弥と最も密な存在だと思われる梗介が、一体どういう心積りで彼の傍にいるのか、気になったし昨日からそこが理解の範囲外だった。

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