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 破られるかのような音が響いて、屋上への扉が開いた。  声がこだまして、振り向けば、 遠目でも瞳が燃えるように潤み、頬が上気して、肩を上下させているのが判った。  猛然と放るように扉を手放して、僕達の姿を確認した、柚弥(ゆきや)が、 見開いた瞳を苦悶に近いような血相で歪め、火のような勢いでこちらに向かって駆けて来た。 「柚弥君……!」  梗介は、始めから判っていたかのように、戸口へ横目を流し、振り向きもしなかった。  柚弥が突進してくる気配の傍らで、梗介は興味を失した人形を放るように、僕の腕から指を解いた。 「離れろやっ!」  僕達の間に割るように入り、一瞬僕を見て、柚弥は体当たりのように梗介の胸を押した。  既に一応身体は離れており、それでも小柄な柚弥の強打は、梗介の長身をわずかに傾がせていた。 「どういうつもりだよ、これはっ!」  きっと屋上まで駆け上がって来たのだろう、頬も、瞳も、その昂りのまま怒りを加えてさらに紅潮し、元々皮膚の薄い鎖骨が痛いくらいに浮かび上がっている。  まだ上下している胸を庇うこともなく、激情そのままを梗介にぶつけた。   「見ての通りだよ。黙って観てやれよ。お前も参加したらどうだ。…………つうか、(おっ)せえよ。来るの」 「はあ!? どういうつもりかって、聞いてるんだよ!!」 「こいつがお前のこと知りたいとか抜かすから、実地で教えてやろうとしたまでだ。体を張った俺の仏心、讃えて欲しいもんだぜ」 「えっ……!?」  梗介のシャツを掴んだまま、柚弥はこちらを振り向いた。  僕を見て瞳を揺らめかせたが、また直ぐ梗介に向き直る。 「だからって、こんな事して良い訳ないだろ!? つか何するつもりだったんだよ!」 「知らねえよ。こいつの通りだろ。言っとくが、全く非合意ではなかったね。その気になれば、逃げられた筈だ。……そっちの気、ありだろそいつ」 「はあ!? 意味解んねえこと言ってんじゃねえよ! つか何なんだよ、俺、昨日言っただろ! 隣になって、普通に、良い友達になれるかも知れないって子が、出来たかも知れないって……! 一体何聞いてたんだよ!」 ——柚弥君……。  そんな風に、梗介に伝えていたのかと、脇目も振らずに梗介に食ってかかるその姿が、ただ瞳の中でありありと映っている。 「知るかよ。友達ごっこは勝手に他所で(好きに)やれ。巻き込まれたのは、寧ろ俺の方だ。 その友達ごっこから勝手にが外れた粘着が流出して、飛び火したのは俺だよ。俺の心配の方が、急務じゃねえのか」 「ああ!? 何言ってる……っ、つかごっこって何だよ! ごっこじゃねえし! てかほんと何なんだよ、何か気に喰わないことあったのかも知れないけど、だからってこんなことするかよ! 裕都(ひろと)君はそんなんじゃない、『普通』の子なのに……っ」 「笑わせやがる。お前が、普通を語るのか」 「俺はどうだって良いんだよ! でも、裕都君は……っ。 昨日も言ったじゃん! 裕都君は、全然普通の、そんなんじゃない凄くな良い子なんだよ……っ! それを……っ。それなのに、そういう真似ってするのかよ……!」 「うるせえな。普通だろうが何だろうが、いきなり湧いて出た気味の(わり)い皮被ったが、俺の視界に入った時点で廃棄確定なんだよ。 手を下してやるのも気が引けてたからな。清々する。後はお前が勝手にしろ」  その瞬間、柚弥の瞳も顔色も、纏う空気も、幕を引くよりも早く一気に色と温度を喪った。  そう、見て取れた時には、柚弥の右腕が振り上げられ、音もなく風を切るように梗介に向かい、 その拳が、梗介の頬目掛けて迷うことなく加減なしに()ち込まれていた。  柚弥の爪先はタイルを蹴っていて、彼の鎖型のピアスが、外れてしまうのではないかという角度に乱舞している。  僕は、呆気に取られてその始終を目に映しているばかりだった。

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