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街頭に照らされたきみを連れて

 正門を出ると、右は駅に続く本通り(メインストリート)への抜け道、左は近隣住民が住む落ち着いた住宅地への分岐になる。  左の住宅街は、駅方面から流れる細い川が縦断していて、春には川沿いの桜がささやかながら情緒を添えるらしく、柚弥の自宅はその川を横切るまではいかない、徒歩十分圏内のマンションにあるらしい。(彼の言葉を信じるなら、梗介との住まいという訳になるが……)  教室に荷物を取りに行った後、僕達は右手の本通りに向かい、そのまま駅への道を直進した。  本通りには、総合スーパー、レンタルショップ、ファミリーレストラン、ファストファッションの店舗、バラエティな雑貨も扱った複合型書店などが思い出したように左右へ点在していて、帰宅中の寄り道に事欠かなく、 車線を挟んだ両脇には、夜でも暗く見えない程度の濃さで街路樹が植っていて、一日を通して繁華街ほどの人通りはなく、僕は好きな景観だった。  ここを、書店を通り過ぎたからか、昨日唐突に英語のワークを忘れてきたことを思い出し、緩やかな坂道を引き返したのが、何だか朧げな過去のように思い出される。  もしここを、。その可能性が不意に脳裏を掠める。  だけど、どうしたって、結局いつかはなるのではないかと思えてならなかった。  余計なことはもういい。考えるのは、やめだと僕はその『もしも』を掛けたふるいを頭の中で手放した。  今、少しずつ燈り始めた街灯に白い鼻先と頬、まつ毛を浮かび上がらせて、何かの歌を愉しげに口ずさむ柚弥も、それをそっと横目で見守る僕の(なか)も、この街灯のように穏やかで同じものが燈って、ひろがっているのではないかと想えたからだ。  駅が近づくにつれ、カラオケ店など人を招くための娯楽や飲食の施設、銀行が建物の密を増し、学生以外の雑踏も見えてくる。  駅の手前で、ペンギンをあしらった、いかにも柚弥が好きらしい賑やかなディスカウントストアで、明日の着替えなど泊まるための備品を買うとはしゃぐ彼に付き添った。  学校から駅まで徒歩十五分。バスターミナルを経由して、区と隣接した市を循環するバスを使い僕は通学している。  バスの乗車時間はおよそ一時間。市へは、電車を使って行くことも出来るが一回乗り換えが発生し、移動時間はほぼ同じで、運賃はバスと比べ半分近く安い。  バスと電車のどちらが良いかを柚弥に確認すると、僕が通学している道のりと同じがいいと言ってくれたので、二人でバスに乗ることにした。  学生の帰宅のピークを超えていたから、バスの乗客は目に見えて疎らだった。  二人で最後部の五人座席に、端に寄りつつもゆったりと腰をおろす。  窓外のようやく訪れた宵闇を眺める柚弥からは、初めての遠出さながら弾んだ空気が伝わってくるようで、 まさか、今日彼を連れて家に帰ることになるとは、昨日の僕は夢にも思わなかっただろうとまだ信じがたい感慨深さが染み込んでくるようだった。 「俺、こっち方面バスで来るの初めてだ!」  テールランプのように通り過ぎる夜景を追いながら、時折何か見つけたと声を上げる柚弥に相槌を打ちながら、僕はひそかに一抹の不安を抱えていた。  スマートフォンをそっと取り出して送受信の履歴を確認する。    今日は金曜日で明日は休みだから、泊まる分には問題なかった。  家に連絡したら、二つ返事で承諾のメッセージが返ってきた。  昨日、僕が帰宅してから終始どこか上の空でいたのを、大仰じゃなく不思議そうに心配されていたのは感じていた。  それが突然、今日には隣になった友達を連れて帰るという急転ぶりなのだから、驚きとともに安堵が優ったといえるのかも知れない。  だから僕は、前もってきちんと伝えておいた。  繰り返すが、僕は事前にちゃんとを添えて、慎重に連絡しておいたつもりなんだ。  何があっても、とりあえず舞い上がるな。落ち着いてくれ。  とにかく冷静になれ。  失礼なことはするな。平常心を保て、と。   ——……それなのに。

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