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XとYとフィナンシュと

突然だが、うちの高校の偏差値は下から数えた方が早い。ゆえに高一にもなっても中学の復習に追われることもしばしばだ。 「ったくお前らは、一次関数すらわからんのか」 ハーッとため息をつき、黒板にカッカッと 『公式y=ax+b』と書き殴る。 「まずお前らが公式に馴染みやすくなるように、他のもので喩えてやる。オイ藻部野、お前の好きなものを言ってみろ」 一番前の席の藻部野が、鼻提灯を割って起きた。 「へっ? えっ、……BL?」 「……」 想定の範囲内だがこうくるか。やれやれ。 「よし、ならばBLで喩えてやろう。いいか。まず初めにY改め和伊(ワイ)という男がいる。左にあるから和伊は攻だ。 次にX。こいつは和伊の恋人のエリウスで帰国子女だ。右に書いてある通り受けである」 白いチョークでカッカッと『和伊♡エリウス』と書く。 「次に傾きを表す定数aだが、これはエリウスが和伊に傾いている、つまり惚れている『よろめき度数』を指している」 「よ……よろめき度数!?」 藻部野の目の色が変わった。授業に集中できている証拠だな、良い傾向だ。 「そうだ。つまりよろめき度数×エリウスは、エリウスの恋心を示している。和伊からの求愛行動次第でいくらでも右肩上がりになっていく値だ。 そしてなぜだか最後に、ふわっとプラスされている定数bがあるな。こいつは『エリウス自身でも抑えきれなかった(ほとばし)る感情の名残り』だ」 「なっ、……名残!?」 ザワザワと教室が動揺する。 「でっ、でも先生、定数bがマイナスの時はどうなるんですか?」 「うむ。定数bがマイナスの時は、エリウスのその迸る感情の名残りがマイナスぎみだということだ。和伊には本当は自分などふさわしくないのではないか、他に好きな人がいるのではないか。そんなふうに迷い恐れるマイナスの想いが溢れている状態を指す」 「おおお……」 教室のあちこちから熱心にノートを取る音が聞こえてくる。よしよし。 ここで藻部野の隣の喪武道が手を挙げた。 「でも先生、定数aがマイナスの時はどうするんですか?」 「いい質問だ! そう……。安穏と続いていた和伊とエリウスの関係だったが、ある日突然、そこに第三の男カイが現れた」 「か……カイ!?」 「そうだ。カイは定数aがマイナスになる時に限り、和伊を押し退けてyに収まる。エリウスは遊び人のカイを嫌っているが、カイはエリウスを狙っている。そんなカイが求愛行動を示したら、エリウスの反応はどうなる? 答えろ喪武道」 「てっ……、テンション、ダダ下がりになる……?」 「正解!」 カッと黒板を叩いた。 「嫌いなやつに構われても嬉しくない、むしろ気分はダダ下がる。ゆえに傾きは右肩下がりになっていく。いいか、これが一次関数だ。今度こそわかったなお前ら!?」 「は、……ハイィッ!!」 ったく返事だけはいいが、本当に分かったのかどうか。 これでまた0点続出したら、今度こそお尻ぺんぺんの刑だからなっ。 ◇◇ 「ふー……」 職員室の席でメガネを外し、眉間を押さえて上を向く。ようやく本日の休憩タイムだ。 「……弓削せんせ、お疲れ様ですっ」 と、ほんのり甘い香りと共に聞き慣れた天使の声がする。 「はなちゃ……乙花先生」 現れた花ちゃん先生は、今日は白シャツの上にチェックのベストを合わせて、その上にベージュのカーディガンを羽織っている。もれなく萌え袖で、俺に何かを差し出した。 「コレ、授業で作りすぎちゃったんです。お口に合うか分かりませんが……いかがですか? フィナンシュ」 ニコッと天使が微笑んだ。ああもうこのまま連れ去りたい!! 直前の授業は家庭科だったのか、シェル型で焼いたとおぼしき形の良いフィナンシュ。 俺は周囲には甘い物は苦手だと嘘をついているが、本当は大好きだ。 「どうも、……」 努めて無表情で受け取ろうとした瞬間、 「ああ、弓削先生は甘い物お嫌いなんですよ。代わりに僕がいただきたいなぁ」 「なっ……!?」 「えーっ、そうなんですかぁ!? そ、そっかぁ……じゃあ、柏木先生に差し上げますね」 しょぼん……としてから、ハイどーぞ、と花ちゃん先生からフィナンシュを手渡された男は、保険医の柏木だ。 これみよがしにドヤ顔を見せつけてくる。 ……くっ! お察しの通りこいつも花ちゃん先生を狙っている。サラサラのセンターパートに涼しげな目の、女生徒の人気が高い優男だ。 「わっ美味しい! 花ちゃん先生のお菓子が食べられるなんて幸せだなぁ」 クソやかましい、保険医は保健室に帰れ! 「いえっ、そんなぁ」 「でも今度は、僕だけに作ってほしいなぁ……」 ん……? 小声で囁いて、どさくさに紛れて指に触れやがった!? 「えっ……」 花ちゃん先生のほっぺたがポッと赤くなる。 かわいいいいいい!じゃなくて柏木コロスうううううッ!! 勝ち誇ったようにこっちを見てくる、そのカオ腹立つな! あああー食べたかったぁフィナンシュううう、苦手とか言うんじゃなかった!! バカ、俺のバカー! 第三話おわり☆*:。

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