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第8話 王立学校の思い出

 シグルドとは幼馴染だ。  リオルは七歳のときから王立学校に通っていた。王立学校は、貴族の子息や莫大な寄付金を収められるような金持ちなどが通う場所で、名家の生まれのリオルは当たり前のように入学した。  そこでリオルが初めて話をした生徒がシグルドだった。  シグルドは入学式のときにいきなりリオルの隣の席に座り、人懐っこく話しかけてきた。シグルドも当時は七歳。家のしがらみの意味など知らない、無垢な少年だったのだろう。  シグルドはリオルの何を気に入ったのかわからないが、常にリオルにべったり張りついてきた。  やたらと勉強面や生活面でリオルの世話をしたがり、ひどいときにはシグルドの膝の上に乗せられて食事を食べさせられたり、リオルが転ぶからと横抱きにされて教室まで運ばれたりした。  一番ひどいのは十一歳のときに泊まりで行った課外授業のときだ。まるで番犬のようにリオルに四六時中つきまとい、夜寝るときも一緒のベッドに入りたがった。「狭いからとなりのベッドで寝てほしい」と訴えたのに、「俺が寝ているあいだにリオルが誰かに襲われたら嫌だ」と謎の理屈をこねてきて、結果シグルドと一緒に寝ることになった。  当時から圧倒的に美形だった上位アルファのシグルドとひとつのベッドで眠るなんて、とリオルの心臓は飛び出しそうなくらいに高鳴った。あのときのドキドキは、今でも鮮明に記憶している。  アルファは何に対しても執着が強い性だから、初めてできた友達を手放したくなかったのかもしれない。実際にシグルドは一度友達になった人に対しては、とても誠実に接していた。リオルもそのうちのひとりだったのだろう。  当時はまだ幼くてバース性の検査をしていなかった。バース性の検査は十二歳の誕生日に行われるもので、クラスの中で早くに生まれたシグルドは既にアルファだと認定されていたが、リオルは検査前。自分の感覚としてはオメガっぽいが、まだベータの可能性もあった。だからシグルドが執着してきた理由はリオルがオメガだからというわけではなかったはずだ。  そうとわかっていても、リオルの心は優しいシグルドに惹かれていた。  オメガだったらいつかは素敵なアルファと結ばれたいと漠然と思っていた。その相手がシグルドだったらいいなとひとりニヤニヤしながら考えてしまうことは一度や二度のことではなかった。  まだオメガの開花前でよくわからなかったが、もしアルファとオメガにこの世にたったひとりの運命の番がいるという伝説が本当ならば、それはシグルドなのではないかと思うくらいだった。    ふたりが十二歳になり春を迎えたころに、突然の別れが訪れた。王立学校では十二歳になると、アルファはアルファのみのクラスになり、オメガとベータとはクラスが別々になるのだ。  その理由は、ベータやオメガと違い、アルファは抜きん出て優秀だから特別な授業を受ける、ということになっているが、実際には開花したオメガとアルファを同じクラスにしたくないという理由もあるらしい。  王立学校に通うのは、いいところの子息や平民でも豪商のような金持ちばかり。思春期のオメガとアルファに間違いがあってはならない。生まれたころから許嫁がいる生徒もいるのだから。  アルファとオメガの不純異性行為がないようにと常に教師の目が光っており、リオルはシグルドに会うことが難しくなってしまった。  リオルは離れた校舎から、剣技の試合で活躍したり、試験で最優秀賞をとったりするシグルドの姿を密かに見守ることしかできなかった。  そのうちリオルの家が没落し、王立学校を退学することになった。王立学校に通うためには、かなりの金が必要で学費を払えなくなってしまったため辞めざるを得なくなったのだ。  急な話で、最後にシグルドに挨拶もできなかった。  以来、リオルはシグルドに一度も会うこともなかった。ふたりのあいだに政略結婚の話が持ち上がるまでは。

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