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第10話 今だけは

「じゃあシグルドが全部食べさせて」  そういうことなら遠慮はしない。父親にいい顔したいなら、面倒くさいことをやってみろという意地悪な感情が頭をもたげてきた。  シグルドはリオルの傲慢な態度に驚いて目をしばたかせていたが、「俺でよければいつでも食べさせてやるよ」と微笑みに変わる。 「リオル、こっちおいで」 「わっ!」  シグルドに身体を持ち上げられ、膝の上に乗せられた。シグルドの左腕に寄りかかるようにして座らされるのはなんだか落ち着かない。 「このほうが食べさせやすい。リオル、今日の俺は一日中時間があるからいつまでもリオルに付き添う。ゆっくり好きなだけ食べなさい」  まさかここまでされるとは思わなかった。面倒くさがってどこかに行ってしまうのではないかと思っていたのに。  でもシグルドに食事を食べさせられながら遠い昔のことを思い出した。王立学校のころ、シグルドの膝の上で昼食を食べさせられたときのことを。  あのときも小っ恥ずかしかった。でも嬉しかった。人気者のシグルドを従え、独り占めしているような心地になった。  誰もいない校舎の裏側で、シグルドとふたりきりで過ごした特別な時間。大人になった今も忘れられない記憶だ。 「じゃあさ、シグルド。もう一回スープが飲みたい」  リオルはシグルドの正式な妻だ。だったらヒート明けで弱っているときくらい夫に甘えてもいいか、なんて思った。  シグルドだってリオルが食べないと父親に叱られるという問題を抱えているようだし、お互いさまだ。 「わかった。リオルはキノ豆のスープが本当に好きなんだな」  シグルドは嫌な顔ひとつせず、スープをリオルに飲ませてくれた。  こんな面倒なことに付き合ってくれるとは、シグルドはよっぽど父親にいい顔をしたいのだろう。 「うん。おいしい。毎日だって食べたいよ」  理由はどうであれ、シグルドに尽くしてもらえて気分がよくなり、リオルの食欲がわいてくる。  こんなふうに愛されてみたかった。これが本当だったらよかったのに。 「毎日か……毎日は少し難しいな」  リオルは言葉の勢いで毎日と言っただけだ。それなのに本気にして悩んでいる様子のシグルドを見て、少しだけ可愛いらしく思った。  でも王立騎士団の一員として凛々しく戦っているシグルドに可愛いなんて言ったら、きっと怒られるのでそのことは黙っていた。 「……やっぱり故郷に帰りたいんだな」  ポツリと呟いたシグルドの言葉にリオルは慌てた。  故郷に帰りたいということはつまり、シグルドと離婚したいと考えていると思われてしまう。 「そっ、そんなことはないよ、別に帰りたくなんか……」 「無理するな。わかっているよ。だがどうしてもお前を放してやれない」  シグルドはそっと優しい手で抱き締めてきた。  膝に乗せられ、そこから伝わるシグルドの温もり。抱き締められ背中に感じる温もり。  こんなことをされると、シグルドに求められていると勘違いしてしまいそうになる。  でもシグルドがリオルを手放さない理由はただひとつ。リオルと離婚したらせっかく手に入れた家柄を失うことになる。家のメンツだって丸潰れだ。それだけは断固許せないのだろう。 「シグルド……」  リオルはそっとシグルドの胸に寄りかかる。  明日からはいつもどおりシグルドに接するから、今だけは本物の夫夫みたいに甘えることを許してほしかった。

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