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第32話

「へぇ。ハーランド家のご子息が、平民と結婚とはな」  リオルを見下しているのは、王太子殿下の叔父のテファ公爵だ。  テファはアルファでもちろん容姿端麗なのだが、シグルドとはまるきりタイプが違うアルファだ。自分に自信があるのか、偉ぶっていて人を自分の意のままに従わせようとするタイプ。  本音を言えば話なんてしたくないが、実際に権力も持ち合わせているから、王族に取り入りたいリオルとしては、なんとかして攻略したい相手だ。 「名家もそこまで落ちぶれるとは。でも仕方ないことですな。世の流れというものは、いつまでも同じではない。昔から盛者必衰と言われるではないか」  たしかにハーランド家は没落寸前だ。それを回避するべく、リオルとシグルドの政略結婚が執り行われたのだから。 「おっしゃるとおりです。ですが、僕には心強い夫がおります。この国いちの剣の腕前だと言われており、王立騎士団の中でも群を抜いて優秀な夫です」  シグルドを売り込もうと、ここぞとばかりに夫を褒めると、テファは「ふぅん」と見定めるような目でシグルドの全身を眺めた。 「いくら見た目がよくても平民だろ。爵位のひとつくらい持ってないで何ができる」 「爵位が規律のひとつになることは重々承知しております。社会には統率する者が必要ですので、平民は公爵さまのような方々に感謝しております」  シグルドはテファの嫌味にも負けずに深々と頭を下げてみせる。シグルドの平身低頭な態度にテファは気を良くしたようだ。 「まぁまぁ、飲みたまえ」  テファ専属ともいえるほど、つきっきりの給仕係が持ってきたワイングラスをテファから手渡しで渡される。 「あっ、ありがとうございます……」  リオルもシグルドも、何杯もワインを飲んでいるが、テファから勧められたものを断ることはできない。  リオルはあまり酒は得意ではない。自分の顔が熱っているのがわかる。それでもその場の雰囲気を壊さない程度に、頑張ってワインに口をつける。 「それにしてもリオルどのは、しばらく見ないうちに美しくなられたな」  上機嫌のテファは、ワイングラスを片手にリオルの栗色の髪に触れる。 「もったいないお言葉です……」  リオルは視線を下げ、(かしこ)まる。よかった。褒めてもらえるのなら、テファに嫌われてはいないようだ。 「いくつになった?」 「二十歳です」 「二十歳か。いい頃合いだな」  テファの手がリオルの髪から頬に落ちてきたとき、その手をシグルドが掴んでリオルから離した。 「公爵さま。リオルは私の妻です。容易に触れることはおやめください」  さっきまでテファに大人しくへつらっていたシグルドの態度が一変した。シグルドはテファを睨みつけ、有無を言わせない強気な態度だ。 「はっはっは。すまぬ。リオルどののことは、父親に連れられていた、小さな頃から知っておるものでな。ちょっとした親心のようなものだよ」  テファが豪快に笑うので、シグルドも「そのような事情でしたか」と警戒を解いた。 「さすがは騎士団の団員だな。貴族を守ることに関しては長けているらしい」  テファはシグルドの肩を叩き、「その目、気に入ったよ」と意味深な笑みを浮かべる。 「シグルドどの。私の知り合いを君に会わせたい。私の妻の弟なんだが、軍務に明るくなかなかの切れ者でね。どうだろう?」  テファの妻は、国王の三番目の妹だ。その弟も当然国王の弟、ということになる。かなりの大物だ。 「はい。是非お会いしたく存じます」  シグルドは静かに答える。 「よいよい。そうしよう。リオルどの、少し待っていてくれ」  テファはシグルドを連れて大広間の人の波の中へと消えていった。

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