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第33話

 少しヒヤッとした場面もあったが、(おおむ)ねうまくいったようだ。何番目の王弟かはわからないが、王弟と繋がりが持てたら、これでシグルドの生家にも顔向けできるだろう。 「よかったぁ……」  ほっとひと息ついたリオルは、シグルドが帰ってくるまで少し夜風に当たって休むことにした。  大広間の喧騒から離れて、外庭へと続く大きなアーチ型の扉をすり抜けていく。その先にはよく手入れされた広い庭園がどこまでも広がっており、リオルはふと目についた木製のベンチに腰をかけた。  勢いよく飲み過ぎたせいで、頭がクラクラする。さっきまでは気を張っていたから正気を保っていられたのに、安心した途端に酔いが回ってきた。  目を閉じ、休憩しながら考えるのはシグルドのこと。  シグルドはリオルの倍以上のワインを飲んでいた。それでも顔色ひとつ変えずにいるのだからすごい。やはりアルファは、生まれながらにすべてのことに秀でている。  だが、いくらお金があってもシグルドは商人の家出身だ。この貴族社会で上を目指すにはかなり苦労するだろう。  ——僕がシグルドを支えてあげなくちゃ。  落ちぶれても貴族であるリオルが、シグルドの苦難の道を切り開くカギとなるはずだ。シグルドのために尽くしたい。シグルドはいつもリオルを助けてくれる。支え合うのが夫夫だと思うから。 「やぁやぁ、リオルどの。こんな暗いところでひとりきり。どうなさったのかな」 「あっ……! 公爵さまっ」  リオルは寝ぼけ(まなこ)をパッと開ける。うつらうつらしていたリオルの目の前にテファが現れたのだ。  慌ててベンチから立ち上がろうとしたリオルを「座っていなさい」とテファは優しく宥めてくれた。 「すみません、少し夜風に当たろうと……公爵さまこそどうなさったのです?」 「ああ。リオルと同じだよ、少し風がほしくてな」  テファもリオルと同じベンチに座る。伸びをするように肩を回したあと、テファの左手がリオルの右手の上に重なった。  あっと思ったが、手を引くのは失礼になるのではないかとリオルは動けない。  それに、名前を呼び捨てにされた。テファのほうが身分も上、年齢もリオルよりも十四才年上だ。呼び捨てでも構わないが、そんなに親しい間柄ではないのにとリオルは思う。 「シグルドどのと、王弟レオンハルトさまはすっかり意気投合なさってる。あのふたりは気が合いそうだと思ったんだよ」 「夫に力添えをしてくださりありがとうございます……」  リオルが礼を言うと「気にするな」とテファに右手を握られる。  嫌だ、と思った。でもテファに世話になった手前、邪険にすることができない。 「リオルが可愛いからだ。リオルは本当に美しく成長したな。番ってなければオメガのいい匂いがしたんだろう」 「ひっ……」  テファがリオルのうなじに顔を近づけ、フェロモンを感じ取ろうとするような仕草をする。リオルはシグルドと番っているから、他のアルファにはリオルのフェロモンはわからないはずだ。 「本当だ。オメガの匂いがわからない。番うということは、不思議なものだな」 「は、はい……」  テファが離れてくれたので、リオルは少し安堵する。だが、ベンチの上に押し当てられるような形で掴まれた手はそのままだ。 「リオルは気の毒だな」 「な、何がですか……?」 「家のために、下の身分の、成金の息子と結婚させられたのだろう?」  テファはリオルを同情めいた視線を投げかけてくる。 「いっ、いえ、そのようなことは……」 「わかっている。人前では仲のいいふりをしなければならないのだろう? それにしてもシグルド、あの男もやり方が汚いな。金で身分と美しい妻を手に入れる。成金が一番に考えそうな浅はかな策だ」 「いいえ、シグルドは優しくてとてもいい夫ですっ」  リオルが咄嗟に反論してもテファに「よい、よい。お前の事情はわかっておる」と軽くいなされてしまう。 「なぁ、リオル。いいことを教えてやる」  テファは不敵な笑みを浮かべる。 「私があの成金男を連れて行った場所は、王弟レオンハルトの私的な部屋だ」 「畏れ多いことです」 「レオンハルトさまは、なかなか気が利く御方でな。気の合う者には、好みの女を当てがってくれる」 「え……?」 「シグルドは大層喜んでいたぞ。あの様子では、しばらく帰って来まい」 「シグルドが……?」  まさか、そんなことはありえない。シグルドに限って女遊びをするなんて。  でも、もし王弟であるレオンハルトの勧めだったら……?  レオンハルトに嫌われたくないシグルドは、いい顔をするために女とイチャイチャ……。  嫌だ。  嬉しそうに女の肩を抱くシグルドの姿なんて想像したくもない。

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