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第34話
「そこでだ。リオルにも、特別なことを体験させてやろう」
「特別なこと、ですか……?」
「そうだ。家のために政略結婚をせざるを得なかった、寂しいリオルに、たっぷりと味わわせてやろう」
リオルの右手にあったテファの左手は、するするとリオルの太腿に伸びてきて、いやらしい手つきで撫でる。
まさか、とリオルも気がついた。
テファはリオルをいかがわしい行為に誘っているのではないか。リオルがシグルドの番だと知っているはずなのに。
「あのっ……僕はシグルドと番っていますから、そのようなことは……」
「大丈夫だ。リオルが嫌がることはしない。気持ちよくしてやる」
テファはリオルの肩に腕を回してきた。それをさりげなく振り払いたいのに、さっきの酒が効いているのか、ふらふらして、うまく抵抗できない。
「リオルは知らないだろう? 本当に愛し合う者たちが何をするかを」
「あの……っ、離して……」
「アルファとオメガが結婚したら、発情期があるからすぐにでも子ができる。それなのにお前たちの間には、子どもがいないそうじゃないか」
「それは……っ!」
「こんなに綺麗な肌をしているのに、政略結婚のせいで、アルファにろくに触れてももらえないなんてもったいない。ほら、もっと寄りなさい。たくさん触ってあげよう」
「い、嫌っ……!」
「嫌じゃない。それは番の力で最初はそう思うだけで、次第によくなるぞ。そうだ。私の部屋に来なさい。いい薬を飲ませてやろう。その薬で、番ったオメガでもベッドで気持ちよさそうによがっていたぞ」
「なんてことを……」
番のいるオメガに手を出すなんて最低だ。変な薬を使ったからといって、番以外のアルファとの行為が気持ちいいなんてことはない。番のいるオメガの身体は、他のアルファは一切受け付けない。その行為は苦痛でしかないはずだ。
それを知っていてテファは無理矢理、オメガの身体を開いたのではないか。
「リオル。先程から少しふらついているようだな」
「え……?」
リオルとしてはまともに座っているつもりだ。身体がふらついているのだろうか。
「リオルの態度次第では、これからもシグルドを気にかけてやる。せっかくの政略結婚だ。あやつが出世しないと意味がないのだろう? 番にまでなったのに、離縁して出戻りとはみじめだぞ」
「シグルドと離縁はしたくない……」
「そうか、そうか。リオルは家族想いなのだな」
テファはリオルの肩を撫でる。その手に嫌悪感しか感じない。
でもここでテファに逆らったらどうなる? シグルドの立場は?
反対に、テファに従って、部屋までついて行ったらどうなる?
頭が痛くて思考がまとまらない。こんなとき、どうしたらいい……?
「無理するな。私の部屋に行こう。さすればリオルは身体を休めることができるし、シグルドとも離縁せずに済む。両家のためになるぞ」
テファの囁きは、悪魔の言葉だとわかっている。それなのに催眠術に囚われたかのように、ここから逃げ出す術がリオルには思いつかない。
「私に寄りかかりなさい。リオルは今にも倒れそうだぞ」
テファにぐいっと身体を抱き寄せられた。リオルはテファの胸に寄りかかるような格好になる。
こんな場面をシグルドに見られたら大変だ。それこそ「これは浮気だ」と言われて愛想を尽かされ離縁される。
「だ、いじょうぶです……もう、ひとりにしてください……」
テファを押しのけようとするが、テファは離してくれない。アルファのテファのほうが体格もいいし、力が強くて敵わない。
「リオル。何をしている……?」
この声を、聞き間違えるわけがない。目の前にはリオルの夫・シグルドが立っている。
シグルドは決して表情穏やかではない。リオルたちを、信じられないものを見るかのように見下ろしている。
この状況で、なんと言い訳したらいい。夫がいない隙に、他のアルファと暗がりで身体を寄せ合っているなんて、どう考えてもおかしい。
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