34 / 38

第34話

「そこでだ。リオルにも、特別なことを体験させてやろう」 「特別なこと、ですか……?」 「そうだ。家のために政略結婚をせざるを得なかった、寂しいリオルに、たっぷりと味わわせてやろう」  リオルの右手にあったテファの左手は、するするとリオルの太腿に伸びてきて、いやらしい手つきで撫でる。  まさか、とリオルも気がついた。  テファはリオルをいかがわしい行為に誘っているのではないか。リオルがシグルドの番だと知っているはずなのに。 「あのっ……僕はシグルドと番っていますから、そのようなことは……」 「大丈夫だ。リオルが嫌がることはしない。気持ちよくしてやる」  テファはリオルの肩に腕を回してきた。それをさりげなく振り払いたいのに、さっきの酒が効いているのか、ふらふらして、うまく抵抗できない。 「リオルは知らないだろう? 本当に愛し合う者たちが何をするかを」 「あの……っ、離して……」 「アルファとオメガが結婚したら、発情期があるからすぐにでも子ができる。それなのにお前たちの間には、子どもがいないそうじゃないか」 「それは……っ!」 「こんなに綺麗な肌をしているのに、政略結婚のせいで、アルファにろくに触れてももらえないなんてもったいない。ほら、もっと寄りなさい。たくさん触ってあげよう」 「い、嫌っ……!」 「嫌じゃない。それは番の力で最初はそう思うだけで、次第によくなるぞ。そうだ。私の部屋に来なさい。いい薬を飲ませてやろう。その薬で、番ったオメガでもベッドで気持ちよさそうによがっていたぞ」 「なんてことを……」  番のいるオメガに手を出すなんて最低だ。変な薬を使ったからといって、番以外のアルファとの行為が気持ちいいなんてことはない。番のいるオメガの身体は、他のアルファは一切受け付けない。その行為は苦痛でしかないはずだ。  それを知っていてテファは無理矢理、オメガの身体を開いたのではないか。 「リオル。先程から少しふらついているようだな」 「え……?」  リオルとしてはまともに座っているつもりだ。身体がふらついているのだろうか。 「リオルの態度次第では、これからもシグルドを気にかけてやる。せっかくの政略結婚だ。あやつが出世しないと意味がないのだろう? 番にまでなったのに、離縁して出戻りとはみじめだぞ」 「シグルドと離縁はしたくない……」 「そうか、そうか。リオルは家族想いなのだな」  テファはリオルの肩を撫でる。その手に嫌悪感しか感じない。  でもここでテファに逆らったらどうなる? シグルドの立場は?  反対に、テファに従って、部屋までついて行ったらどうなる?  頭が痛くて思考がまとまらない。こんなとき、どうしたらいい……? 「無理するな。私の部屋に行こう。さすればリオルは身体を休めることができるし、シグルドとも離縁せずに済む。両家のためになるぞ」  テファの囁きは、悪魔の言葉だとわかっている。それなのに催眠術に囚われたかのように、ここから逃げ出す術がリオルには思いつかない。 「私に寄りかかりなさい。リオルは今にも倒れそうだぞ」  テファにぐいっと身体を抱き寄せられた。リオルはテファの胸に寄りかかるような格好になる。  こんな場面をシグルドに見られたら大変だ。それこそ「これは浮気だ」と言われて愛想を尽かされ離縁される。 「だ、いじょうぶです……もう、ひとりにしてください……」  テファを押しのけようとするが、テファは離してくれない。アルファのテファのほうが体格もいいし、力が強くて敵わない。 「リオル。何をしている……?」  この声を、聞き間違えるわけがない。目の前にはリオルの夫・シグルドが立っている。  シグルドは決して表情穏やかではない。リオルたちを、信じられないものを見るかのように見下ろしている。  この状況で、なんと言い訳したらいい。夫がいない隙に、他のアルファと暗がりで身体を寄せ合っているなんて、どう考えてもおかしい。

ともだちにシェアしよう!