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第2話
次の日から両親が城に行くときは必ず連れて行かれるようになり、給仕をする両親とは離れジンの自室へと向かう。
部屋に行くとジンは椅子に座り勉強 をしているようだ。隣には家庭教師らしき眼鏡をかけた男が立っている。
ルイスを認めるとジンは立ち上がった。
「 おはよう。さっそく来てくれて嬉しいよ」
「おはよう、ございす。僕もお会い できてこーえーです」
ここに来るまで何度も練習した最初の挨拶。両親からジンとは敬語で話すように強く言われ、昨晩たくさん練習させられた。
ルイスの言葉にジンは眉を顰める。もしかして間違っていたのだろうか。
「そういう言い方は好きじゃない」
「でも……」
「ルイスが話しやすいほうがいい」
両親の言葉を思い出す。
ーージン様に失礼がないように
ーージン様が言うことにはすべて従うこと
ジンがいいと言うのだからこんな話 しにくい言葉は使わなくてもいいんだ。
「ジン?」
「そう、それでいいよ」
「ですがジン様!」
眼鏡の男が慌てているところを見る とやはり場違いなのだろう。けれどジンが手で制すると男は口を閉じた。
まるで飼い主と犬の主従関係のよう に圧倒的な立場の差を感じる。
(大人を黙らせるなんてジンはすごい )
男は上質な服に身を包み、髪を左右 にきっちりと分けている。水仕事をしたことがない綺麗な指先はそれなりに位があるのだろう。
でもそんな男を黙らせるジンは何者なのだろう。王様と同じ名前というだけこんなにも彼を孤高たらしめている。
「じゃあ今日の分は終わりでいい?」
「……わかりました」
「では行こうか、ルイス」
ごく自然な流れで手を握られ、その まま中庭に向かった。
昨日の雪は積もらずに一晩で溶けてしまい、雲一つな い青空の下に色とりどりの花が咲いている。
中央に小さな噴水もあり、水しぶきが舞っている。 こんな素晴らしい場所に来たことが ないので立ち尽くした。
「天国みたいだ」
「天国?」
ルイスが漏らした言葉にジンは首を傾げた。
「絵本に書いてあったの。死んだら お花がキレイな天国に行けるって。天使様たちと毎日踊れるんだよ」
「……ここはそんないいところじゃ ないよ」
「そうなの?こんなにキレイなのに 」
どの植物たちも冬にしては青々しく 生命力に溢れている。 ここが天国じゃないなら、本物の天国はどれほどのものだろうと想像する とわくわくした。
「静かにしてくれないか」
物陰から現れた男の子に驚いた。栗色の髪と金色の瞳。同い年くらいなのに鋭い眼光は彼を大人びせていた。
「レナード」
「兄さんと呼べよ。出来損ない」
「……申し訳ありません。兄さん」
「その汚い奴は誰だ?」
鼻をつまみ顔を顰めるレナードは蔑むような視線をルイスに向けられ顔が熱くなる。
確かにジンやレナードたちのように アイロンのかかったシャツや金の刺繍が施されたジャケットを着ているわけ ではない。
母が編んでくれたニットとつぎはぎだらけのズボンは庶民の象徴を表している。
「ルイスに謝ってください」
ジンは目にいっぱい涙を溜め、レナードを睨みつける。
握られたこぶしは 小刻みに震えていて、精一杯の勇気を 振り絞っているのだろう。ジンにとってレナードは恐ろしい人物らしい。
「なぜ私が謝らなければならない? こいつは貴族か?」
「そんなもの関係ない。あなたはルイスのことを侮辱した。上に立つもの に相応しくない」
「バカバカしい。だから母様に嫌われるんだ」
そう言い捨てるとレナードはルイスたちの横を通り過ぎて城に戻っていっ た 。
隣のジンを見ると歯を食いしばすぎて唇が白くなってしまっている。
堪えていた涙が一筋こぼれ、せきを切った ようにぽろぽろと溢れていた。
ジンが砂粒をかき集めるようにありったけの勇気を持って反駁してくれたのだ。まだ出会って一日のルイスのために。
大人を従えるほどの力がありながらも、兄の前では無力らしい。
けれど恐れず立ち向かう姿はとても格好良かった。
恥辱を受けて傷つけられた心をジン が守ってくれた。胸のなかがぽかぽか してきて堪らずジンの身体を抱き締める。
「ありがとう。ジンのことが世界一 大好きだよ」
笑顔の戻ったジンが眩しくて目を細めた。
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