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第3話

 ジンは毎日勉強や剣術、ピアノやバイオリンなどをこなして分刻みのスケジュールを詰め込まれていたがルイス が来ると中断して時間を作ってくれる。   その度に大人たちがルイスを睨みつけるので罪悪感があったが、ジンといるのが楽しかったのですぐに忘れた。  晴れの日は中庭で駆け回り、雨の日 はジンの部屋で絵を描いたり本を読んで過ごした。    そして両親から少しずつジンのことを教えてもらった。  ジンは王都ラダヴィアの第二王子であること。  第一王子のレナードとは一日違いの兄弟で、母親が違うこと。  ジンの本当の母親はすでに亡くなっていること。  母親と父親つまり女王様と国王様と仲良くないというあまりにも残酷な現実だった。  兄のレナードとは仲が良くないのは 明白だったが、まさか両親にも好かれていないなんて。 そういえばレナードが似たようなこ とを言っていた気がする。  世界で唯一の安らぎをくれる人がジ ンにはいない。  想像できないほどの孤独を抱えているのだろう。 誰も味方がいなくて、悲しいときは 一人泣いているのだ。  初めて会ったあの雪の日もジンは一人涙を流していて、 それを拭ってくれる人がいなかった。  もし自分が両親から同じような扱いを受けていたら、辛くて毎日泣いていただろう。  そんなジンのそばにいてあげたい。   一人で泣かせたくないと決意がぎゅ っと固くなる。  そう告げると両親は笑ってくれた。そんなジンの孤独に気づいて両親は同い年のルイスと引き合わせたらしい。  なら礼儀は弁えるようにと「ジン様に失礼がないように」「ジン様の言う ことには全部従うこと」を言われた。  それさえきちんと守っていればジンのそばにいられる。歯向かうつもりは毛頭なく、二つ返事をした。  季節は冬から夏へと移ろい、毎日うだるような暑さが続きさすがに中庭で遊ぶのが辛い。 木陰で休んでいると隣に座るジンがぱっと顔を輝かせた。  「今日は湖に行って泳ごうか」   城には噴水があるが水遊びができるほど広くなく、ジンの提案が魅力的な響きを持たせる。  だが両親の許可なく 城の外に出ていいのだろうか。  「ルイス?」  「ううん。なんでもない」   今朝も言われた「ジン様の言うこと には全部従うこと」を思い出し、頭を振る。  ジンの提案なのだからそれを飲むのが自分の仕事だ。  「湖なら涼しそうだね」  「じゃあ準備させよう」  ジンは側付きに声をかけて馬車を用意させた。  生まれて初めての馬車に驚きながらも、二人で外の景色を楽しんだ。座り心地のよい椅子はルイスの枕よりも柔 らかくこれを枕にしたら素敵な夢が見られそうと言ったらジンが笑ってくれた。  湖に着くとすぐさま二人で水浴びをした。初めは湖畔で水をかけたり、追いかけっこをしていたが熱が入りどんどん奥へと進んでいく。  水が足の付け根まできたころには冷静さを取り戻し、さすがに怖くなってきた。  「そろそろ戻ろうか」  「そうだね」  足を踏み出した瞬間、水底から引っ張られるような違和感があった。  魚かなにかいるのだろうかと水面を覗き込 むとバランスを崩し、頭ごと水のなかに入ってしまった。  息ができない。  藻掻けば藻掻くほど 水をたくさん吸い込んでしまい鼻の奥がつんと痛む。  (このままだと死ぬ!)   バタバタと手足を動かしていると指先がなにかに触れた。目を開けると石に尻尾を挟まれた小さな白いトカゲが見えた。  両手両足をバタバタさせて、 ルイスと同じように藻掻いている。  めいいっぱい腕を伸ばし石を転がすと白いトカゲは石の下から這い出てた。そしてまるでお礼でも告げるよ うにくるりと一回りしたら泳いでどこかへ行ってしまった。  「ルイス!」  腰を捕まれ引き上げてもらうと水底とは違い、陽の光が眩しくて目を閉じる。  息を吸い込もうとして口を開けると水を吐き出し、その背中をジンが何度も撫でてくれた。  「大丈夫か?」  「だっ、大丈夫。ビックリしたー」  「まさか目の前で溺れるとは思わな かった」  「僕も。ここ深いんだね」   酸素をめいいっぱい吸い込むと生きていることにほっとした。  真夏の日差しが冷えた身体を温めてくれている。  「気をつけて戻ろう」   ジンと手を繋いで岸まで歩いた。 握られた手の強さに驚く。少し前まで ルイスより小さかったのに、いまは頭 一つ分の差がある。   青年へと確実に成長している友人の 後ろ姿は頼もしく、深みにはまって溺 れかかった幼い自分との差に落ち込む。   岸まであがり馬車を停めたところまで戻ってきた。どうやらルイスが溺れた一部始終を見ていたらしく、すぐジンのそばに駆け寄ってきた。  「ジン様、ご無事ですか?」  「……なぜ助けに来ない?」   その声はいままで聞いたこともない 低い声でルイスのほうが驚いてしまった。側付きの二人は身体を小刻みに震わせ、深く頭を下げた。  「申し訳ございません。この湖は竜脈故に近づけないのです」  聞いたことのない言葉に首を傾げたが、ジンは意味がわかったらしい。  「りゅーみゃくってなに?」  尋ねると一つ呼吸を置いて、ジンが 説明をしてくれた。  「魔力の源かな。魔力もちが近づくと魔力が吸われてしまうんだよな?」   側付きに問うと小さく頷く。  「そっか。僕たちはまだ洗礼を受け ていないから魔力がないもんね」  この国では十歳になると洗礼を受け、 魔力を授かる。火、水、土、風の四つの力のうち一つを貴族や市民関係なく 平等に分け与えられるのだ。  まだ六歳のルイスとジンは魔力を持っていないので湖に入れるということらしい。  「それよりジン様。お召し物を乾かしますのでこちらへ」  「あぁ、わかった」  側付きが手を翳すと淡い炎が見え、それをジンに当てながら慎重に服を乾かしている。    その様子を眺めているともう一人の側付きがルイスに近寄ってきた。  「貴様、ジン様を殺す気か!?」  「そんなことは」  「たかが平民の分際でいい気になるなよ」    「……申し訳ございません」   ルイスが頭を下げると側付きはふんと鼻を鳴らして馬車へと戻っていった。   ついジンと同じ目線で遊んでいると自分の立場を忘れてしまう。本来なら王族であるジンとは接点がもてるはずがない。   ルイスは将来、両親のように城で働くことになるのだろう。  そうしたら自分の意志などなく仕える方の手となり 足となり生涯を尽くす。 貴族でもないただの平民のルイスが 友人のように過ごせているいまが奇跡なのだ。  「ルイス、どうした?」  赤い瞳と目が合い意識が戻る。  乾いた銀髪が風に乗って後ろに流れていく。  「なんでもないよ」  「そうか?それよりルイスも乾かしてもらおう」  火の魔力を持つ側付き確かクアンと呼ばれていたは鋭い眼光をルイスに向けた。  こんな平民に魔力を消耗する義理はないと無言の圧力を感じる。  「おい、ルイスの服を」  「だ、大丈夫!今日は暑いくらいだから濡れている方が気持ちいいよ」  「だが」  言い淀むジンの様子から自分だけ乾かしてもらえたとい負い目を感じているのかもしれない。  王子と平民の扱いは違うのだから気にしなくてもいいのに。どうしたもんかと考えるといい案が浮かんだ。    「じゃあこうする!」  シャツとズボンを脱いで下着一枚に なり、脱いだ服を近くの木にかけておけばすぐ乾くだろう。  下着一枚になったルイスにジンは目を見張った。  (もしかして王子様の前で裸になる と失礼になるのかな?)   さっと血の気が引いた。もしかして処刑されてしまうのかと悪い方へ考えているとジンは目を反らし、頬を赤らめた。  「……その無防備さはどうかと思う」   ジンは着ていたシャツをルイスの肩にかけてくれた。柑橘系の匂いがふわりと香る。  さすがにこれは失敗だったのだとわかり、ルイスも顔を俯かせた。  「ごめん」  「乾くまで昼ご飯を食べようか」  「うん!」   ジンに笑顔が戻り、日が沈むまで遊び続けた。  

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