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第4話

 十歳の誕生日は家でささやかなパーティーを開いてくれた。いつもより贅沢な食卓はそれだけ両親から愛されて いる象徴のように思える。  「ルイスはどの属性になるかしら?」  「父さんは土、母さんは風だからどちらか一緒だと嬉しいな」  「これでもう一人前ね 」  両親はルイスが魔力を授かるのをとても楽しみにしていた。魔力を持てるようになれば一人前として扱われ、仕事をすることができる。  そうすればこの苦しい生活も少しは楽になるのだと常日頃言われていた。   両親が嬉しそうにしている反面、ルイスは落ち込んでいた。魔力を持ち、 仕事をするようになればジンとはもういままでと同じようには過ごせない。   使用人として働くなら立場を弁えなければならず、それはジンとの別れを意味していた。 長い時間をかけて育んできた友情にタイムリミットが迫っている。   (魔力なんて欲しくない。ずっとジンと一緒にいたい)  それが叶わないことだとはわかっているが、願わずにはいられなかった。   パーティーが終盤に差しかかり、メインの鶏肉のソテーを食べているとトントンと小気味よいノック音が響く。   こんな夜更けに誰か来る予定があっただろうか。   三人で目配せをして父親が扉を開けた。  「どちら様ですか?あれ、誰もいない」  「どうしたんです?」  「風のイタズラかな」   ルイスの家はおんぼろですきま風が入ってくるほど建付けが歪んでいる。木は腐りかけ、大雨が降った日は浸水して床が水浸しになるくらいだ。   それをわかっている両親は安心して食事を再開したが、その音がどうしても風だとは思えなかった。  ルイスは食器を置いて扉へ向かう。  「少し見てきます」  「ルイス!」  母親の静止を振り切って外に飛び出した。冬を感じさせる冷たい風が頬を撫でる。  街の明かりはぽつぽつと心許なく灯っている。 人通りは少なく、暗い闇はルイスを吞み込もうとしているように思え、 足が震えた。  引き返そうとすると裏の物置に見慣れた靴先が見えた。  「ジン……?」   名前を呼ぶとびくりと跳ね、顔を覗かせた友人に驚いた。最後に会ったのは春になったばかりの頃で、もう半年 以上会えていない。  一足先に十歳になったジンは稽古や勉強だけでなく、社交界にも出席するようになり、多忙を極めていた。  それに婚約者候補ともお見合いをしている らしいと母親から聞いている。  王位継承権第二位と言っても絶対に王になれないわけではない。  王を決めるのはこの国の神である竜だ。その竜の選定によって王が決められラダヴィアの安定と秩序を護る定めを受ける。  なんて遠い話なのだろう。  ただの平民であるルイスにとっておとぎ話を聞かされているように現実感がない。その渦中に親友がいるというのも変な感じだ。  けれど忙しいはずのジンが目の前にいる。城を抜け出したのは明白だった。こんなところを誰かに見られたら大変な騒ぎになる。   ルイスは慌てて物置にジンを押し込んだ。  「どうしてこんなところにいるの? 城を抜け出したらダメじゃないか」   少しキツイ言い方になってしまい、ジンの長い睫毛が震えた。違う、こんな言い方をしたかったわけじゃないのに焦燥感から声に棘が含まれてしまう。  「……ルイスに渡したいものがあるんだ」   小さな手に握られていたのは竜の形をしたネックレスだ。両目に宝石がはまっているのか頼りない光でもキラリと輝く。  一目で高価なものだわかる。  「こんな高そうなもの貰えないよ」  「ルイスに持っててもらいたいんだ」  小さくなって項垂れる姿が初めて会った日のジンに重なった。部屋で一人泣いていた小さな男の子。側にいて守 ってあげなきゃと思った少年はいつし か立派な青年になった。   大きい瞳は涼しげな横流しになり、 身長が伸びるのと比例して手足も長い。 シルクのような銀色の髪もさらに艶を増している。   婚約者に見合うように容姿を気にしているのだろう。  それに対しルイスはなにも変わっていない。汚れたシャツ、つぎはぎだらけのズボンとぼさぼさと金髪。あれから五年も経とうというのに。   まるで自分だけ置いて行かれたような寂しさがあった。 だからこの竜のネックスレスを持つのに相応しくない。  でもジンがルイスに持ってて欲しいと託したのだ。  (これは別れのプレゼントなのかもしれない)  もうすぐ洗礼がある。そうしたらいままでの関係ではいられないとジンも理解しているから、わざわざ城を抜け出す危険な真似をしてまで届けてくれたのだ。   そう思ったら拒否することなんてできない。  だってこれが友人として過ご す最後の夜だから。  「わかった。大事にするね」  「ありがとうルイス」  「なんでプレゼント渡す方がお礼を言うのさ」  「すごく嬉しくて。俺にとってルイスは特別だから」  「僕もジンが大切な友だちだよ」  「……友だち」  目を大きく開いたジンは壁に寄りかかってしまった。もしかしてなにか間違えただろうか。  数人の足音が近づいてきて、「ジン 様どこですか!」と叫ぶ声が近づく。 城を抜け出したことを気づかれてしまったらしい。  「もう行かないと」  「これ本当にありがとう。ジンの未来に竜のご加護がありますように」  ネックレスを掲げて見せるとジンはふわりと笑って、顔を寄せてきた。頬に唇が触れる。  ちゅっと短い音と共に 離れたジンの薄い唇をぼんやり眺めた。  「またな」  そう言う残すとジンは物置から出て行ってしまい、一人取り残されたルイ スは頬を撫でた。 さすが本物の王子様なだけあって慣 れている。頬のキスは友愛の証。 婚約者候補たちにもやっているのか もしれない。 そう思うと胸のなかに暗い影が落ちて、ネックレスをぎゅっと握った。

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