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第6話
大人たちから石を投げつけられ、ルイスは頭を守りながら走り出した。
(どうしてこんな目に遭うんだ)
何度目かの嘆きに答えてくれる人はいない。 走って自宅に向かうと両親の姿があった。
いつもルイスを守ってくれる大好きな人たち。 助けを求めるように手を伸ばすと両親の目の色に変わり、あろうことか石を投げつけてきて「おまえなんて産まなきゃよかった」と声を荒げた。
「ルイスはどの属性になるか楽しみだわ」と笑っていた両親はもういない。
簡単に手のひらを返されたことが、神父に怒声を浴びせられたことや街の大人たちから石を投げつけられたことよりショックだった。
大丈夫、大好きよと言ってくれた言葉が霧散していく。ルイスの支えてくれていた支柱がぽきっと音を立てて折れた。
「あっちだ!追い払え!!」
男の声に振り返った。大人たちが追いつこうとしている。背中に石が当たったが立ち止まっている暇はない。
(いやだ、死にたくない)
首から下げているジンからもらったペンダントを握りしめる。
これは絶対になくしたくない。
両手で包みこんで無我夢中で走った。
人がいない街外れを目指していたが 段々と煌びやかなドレスや正装に身を包んだ人が増えてきた。貴族だ。
いつのまにか正教会にまで来てしまったら しい。 ここでは貴族の子が洗礼を受けるこ とになっている。
「そいつは忌み子だ!追い出してください!」
ルイスを追いかける男の叫び声に気づき、貴婦人たちが奇声を上げ、ルイスから離れていく。
その中にジンの姿があった。大人に追いかけられているルイスを見て身を乗り出している。
(こんな惨めな姿見られたくない)
ルイスは顔を手で隠し、街の外を目指した。 空が暗くなり、大人の声が聞こえなくなった頃ようやく足を止めることが できた。
木靴の底が剥がれ、足の裏には砂利を踏んでできた切り傷が無数にできている。
額の血は固まっているが、何度も石をぶつけられた背中は燃えるように痛く、痣ができているかもしれない。
「なんで僕がこんな目に」
魔力を授かり、ジンに仕えるその未来が突然奪われた。理由もわからず石を投げつけられ、生まれ育った街を追い出された。
なにより両親からも蔑まれたのが辛い。
ようやく感情が追いついてきて涙が溢れてきた。嗚咽を殺しながら、どこへ向かうこともなく歩き続けた。
誰かに見つかってまた石を投げつけられた くない。
こんな姿をジンに見られてしまった。特別だと言ってくれたのに。軽蔑されたかもしれない。
両親だけでなくジンにまで石を投げられたらもう生きていけなかった。最悪の最悪にはならなかっただけよかったと 自分を慰めてみても虚しい。
とぼとぼ歩いていると月明かりに照らされた湖に来た。
四年前の夏にジンと水浴びをしたところだ。
「ここは竜脈があるから魔力もちは来られない」
四年前、確かにそう言っていた。ジ ンの側付きのクアンたちは湖には近づくのを恐れていた。ここなら誰も来ない。
「朝になるまでここにいよう」
ルイスは湖の奥へと進んだ。いくら大人たちが入れないと言っても姿を見られたらなにをされるかわからない。
進むにつれ霧が濃くなっていき、目の前が見えなくなってきた。いまどの方角に向かっているのか検討もつかない。
恐怖で足が竦む。
しばらく歩いていると前方に明かりが見えた。もしかしてルイスを探しに 来たのかと身を屈めながらゆっくり進む。
段々と霧が晴れていき、小屋の明かりだとわかった。 煙突から煙が出ている。
誰かいるのかもしれない。山賊か盗賊か。
(でもここは竜脈だから大人は来れないはず)
魔力は身分関係なく誰でも与えられ、持っていないのは十歳以下の子どもだけ。まさかこんなところで小さな子どもが生活しているのだろうか。
足音をたてないように茂みを歩き、 窓枠から顔だけ出す。室内にはルイスと同じ年頃の男の子が一人で食事の支度をしているようだ。
赤い髪と黒い肌。
この国では珍しい組み合わせだ。どこか異国の人だろうか。見たことのない風合いの少年に興味が湧いた。
もっと覗いてみようと背伸びをしたとき小枝を踏んでしまい、ぱきっとした音が静寂の闇に響く。
その音に男の子は気づき、こちらに 視線を向ける。目が合い、反射的に背中を向けるが足がもつれて転んでしまった。
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