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第7話
「待つのだ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい。許して」
涙を流しながら竜のペンダントを握り締めた。もう石を投げられなくない。 あんな痛くて惨めな思いはしたくない。
倒れたルイスと少し距離をあけて少年は膝をついた。
「酷い怪我じゃな……手当をしよう」
顔をあげると少年は目尻を下げて柔和な笑顔を浮かべている。敵意は感じられない。
少年はペンダントを握るルイスの手を取り、その温かさにほっとして涙が零れた。
「我はアドルフ。そなたの名は?」
「……ルイス」
「いい名だ。これでもう友だちじゃな」
「 友だち……」
両親や小さいときから知っている近所の大人たちから石を投げられ、よく遊んでいた子たちから蔑むような視線を向けられ、ルイスの心はボロボロだ。
「友だち」という親しみの枠から外された自分にはほど遠い響きに聞こえる。
けれど傷ついたルイスの心に「友だち」という言葉は空いた穴を埋めてくれ、包みこんでくれる。
「手当をするから入るがよい 」
「でも」
忌み子と言われた自分と関わっていることを知られたらアドルフも危険な目に遭うかもしれない。
ルイスの不安に気づいたのか再び柔和な笑顔を向けられ、人の温もりに飢えていた弱い心は頷いてしまった。
アドルフに背中を押されながら小屋に入ると部屋は暖炉で温められ、身体が熱を取り戻してポカポカする。
アドルフは泥で汚れたルイスの手足をぬるま湯に浸した布でキレイにし、傷があるところには薬草を塗ってくれた。
最後に額に包帯を巻いてもらい、救急箱を片づけるとアドルフは暖炉の火でぐつぐつ茹っている鍋を指さす。
「腹はすいているか?」
その言葉を合図にぐうとお腹が鳴り、 アドルフは笑った。
「素直な胃袋じゃ。ちょうど夕食にするところじゃ。一緒に食べよう」
熱々のスープとパンをテーブルに並べてくれたので椅子に座る。湯気からいい匂いがしてきて一口飲むと気を張っていた身体が解れていく。
気が緩むとまた涙が出てきた。
「ルイスはよく泣く奴じゃな」
揶揄うような言い方なのにアドルルフの表情はやさしい。
不思議な目の色に魅入られた。
ジンのように輝かしいルビーのような赤で はなく真紅のように深い赤。この色を最近どこかで見たような気がするが思い出せない。
じゃらとペンダントが机のはしに当たった。
「それはお守りか?」
「ジンーー特別な友だちからもらったんだ」
「ほぅ」
アドルフはまじまじとペンダントを眺め、まるで髭を撫でるように顎を擦っている。その仕草が年老いた老人のように見え、見た目は少年なのにそのちぐはぐさが妙にさまになっている。
「それは大切にしまっておくといい」
「うん」
ペンダントを隠すようにシャツのなかにしまった。
「アドルフは喋り方も仕草もおじいさんみたい」
「面白いことを言う奴じゃな」
「……もしかして嫌な気持ちにさせた?」
「いや、ずっと祖父と二人で住んでたから口癖が移ったのだろう」
おじいさんはいまどこに? とは訊けなかった。一人でいるということはそうなのだろう。
アドルフは平然とスープを飲んでいる。凪のような穏やかさと年寄じみた言動のお陰で警戒心はとうになくなった。
( アドルフに訊いても大丈夫かもしれない)
十歳の子どもが抱えるには大きな問題に押しつぶされそうで、ルイスは吐き出すように口を開く。
「忌み子って知ってる?」
「……まだそんなくだらないことを言ってるのか」
アドルフは難しい顔になり、スプーンをテーブルに置いた。険のある表情を初めて向けられびくりと肩が跳ねる。
逃げ出しそうになるルイスを安心させるようにアドルフは目元を細めた。
「忌み子とは竜から魔力を授からなかった者のことじゃ」
「どうして授かれなかったんだろう。 僕がダメな子だからかな」
また涙が込みあげてきた。もう枯れるほど泣いたのにルイスの体内にはまだ残っていたらしい。
「忌み子とは人間が勝手に決めた名称じゃ。気に病む必要はない」
「でもみんなから石を投げられて、 両親からも」
昨日までいつも通り穏やかに過ごしていて、街の人とも普通に話せていたのに。
魔力を授かれなかったというだけでルイスの世界はひっくり返った。
「水晶に手をかざすとき僕は魔力なんていらないって思っちゃったんだ。 たぶん竜神様に聞こえてたんだ。だから僕に授けてくださらなかったんだ」
魔力がなければずっとジンと対等の友だちとしていられる。そんな夢を抱 いてしまった罰をくだされたのだろう。
「……僕はこれからどうすれば」
親からも見放されてこれからどうやって生きていけばいいのだろう。魔力もないからまともな仕事にもつけない。
泥水を啜りながら生きていくしかないのだろうか。
「行く宛がないならここにいるといい」
「でも僕がいたらアドルフの迷惑になる」
「なぁに、ここは竜脈近くて誰も来はせんよ」
「でも」
今日会ったばかりのアドルフにこれ以上面倒ごとを押しつけるのは申し訳ない。
でもう一人でいるのは耐えられそうにもなかった。 それに行く宛もない。
お金も持っていないのでこのまま野垂れ死ぬ未来が容易に想像できる。
未来に絶望したルイスにアドルフは黙って背中を撫でてくれた。その一定のリ ズムは荒波に飲まれた流木のような荒んだ心を落ち着かせてくれる。
「……本当にいいの?」
「構わんよ。好きなだけいるといい」
「ありがとう、アドルフ」
ご飯を食べ終えたら泣きつかれてその日はそのまま眠ってしまった。
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