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第8話

 アドルフと暮らすようになって数日、 とても穏やかな日々を過ごした。 竜脈が近いということもあり、誰も小屋まで探しに来る人はおらず、見つかる心配がない。  しかも小屋を隠すように濃い霧に囲まれているので踏み入れようとする猛者はそういない。  聞こえるのは鳥の囀りや葉っぱの擦れる音だけ。ゆるやかに時間が流れていき、傷ついた心を癒やしてくれる。  でも両親はどうなったのか、ジンはどうしているだろうかと心配ごとが日増しに増えていく。  そして一生ここで暮らしていけるわけないこともわかっていた。アドルフの懇意に甘え続けるわけにもいかない。  遠い国に逃げるか街に戻るかどちらかを選択する日は必ずくる。 そのXデーがいつきてもいいようにいまは自分ができる最大限のことをやろう。   湖のほとりでアドルフに教えてもらった薬草を探す。まだ冬本番だが、比較的温暖なラダヴィアは草木が枯れることは少ないので目を光らせればだいたい見つかる。   異国生まれで魔力のないアドルフは薬草を売ったお金で生活をしているらしい。  食い扶持が増えて迷惑をかけている分、必死になって探した。 草なんて全部同じに見えていたが、 アドルフは丁寧に教えてくれたのでかなり詳しくなれた。  ただ一度だけ小さな赤い実を果物だと思って食べてしまい、お腹を壊したことがあった。以来、食べるときはアドルフにお伺いを立ててからにしている。  今日は天気も良く、少し離れたところまで足を伸ばしてみようと街の方角へ向かう。  懐かしい景色に言葉を失った。  (ジンと水浴びをしたところだ)  もう四年も前だと言うのについ昨日のことのように覚えている。溺れたところを助けてくれたジンの腕の力強さも鮮明に思い出せる。  あの頃が人生で一番幸せだったかもしれない。  青々とした薬草を集めていると人の気配がする。街に買い出しに行ったアドルフが戻って来たのだろうか。  顔をあげると木陰からよく知った顔が現れ、時が止まったように固まった。  向こうもルイスを見て驚いている。  「ジン……」  「ルイスか? 本物なの、か?」  ジンは駆け寄ろうと足を踏み出したが、あと一歩のところで立ち止まった。  ここは竜脈。  魔力を吸われてしまうので、これ以上近づけない。 つまりジンは無事に魔力を授かった ということだ。  見えない壁に憚れ、魔力があるものとないものという境界線がきっちり引かれている。王子様と平民よりももっと絶対的な線引が二人の間にあった。  なにを話せばいいのかわからず、口を噤んだ。あれほど訊きたいことがあったのにいざ本人を前にすると頭が真っ白になる。  「元気だったか?」  「うん」  「きちんと食べてるか?」  「うん、ジンは?」  「俺も元気だ」

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