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第9話

 そう言って笑うジンは以前となにも変わらない。  石を投げられ大人たちに追いかけられていたルイスを見ていたはずなのに、貶すことも蔑むこともしなかった。   何一つ変わっていない態度に緊張していた心が解れていく。  「ジンはなんの魔力を授かったの?」  「火だ」  「ジンっぽいね。赤い瞳にすごく合ってる」  そう言うとジンは困ったように笑った。魔力を授かったからこそできてしまった溝がある。   いまはなにを言っても地雷を踏んでしまいそうだ。  ルイスは慎重に言葉を探す。  「父様と母様は元気にしてる?」  ジンの顔が明らかに強張った。もしかして二人もなにか罰を受けているのだろうか。  「元気には、してる。ただその……」  いつも物事をはっきり言うジンが言葉を濁すなんてよっぽどだ。  「もしかして罰を受けている、とか?」  「それはない。街の外れで静かに暮らしている。ただ王宮勤めは辞めさせられたけどな」  「そっか」  元気にしているならよかった。仕事を辞めさせられて今後の生活が心配だが、いまのルイスにはなにもできない。   心のなかで両親の息災を竜に祈った。  「街に戻る気はないのか?」  「戻れないよ。忌み子だって追い出されたんだから」  「何かの間違いかもしれない。もう一度洗礼を受ければ……」  「いいんだ、ジン」  洗礼のとき、魔力なんて欲しくないと願ってしまったから竜に見限られたのだ。  街に戻っても石を投げられ、罵詈雑言を浴びせられるくらいなら一人で穏やかに生きていたい。  「でもずっと一人は寂しいだろ」  「一人じゃないよ。アドルフが一緒だ」  「…… 誰だ?」  「異国の男の子で、僕たちと同い年。いまは街に出てるんだけど」  ジンの眉間の皺が深くなり、アドルフのことを怪しんでいるようだった。 助けてもらった経緯を話すとますます 渋面になる。  「そいつは本当に信用していい奴なのか?」    「大丈夫だよ。いまのところ平和に暮らしてる」  「やっぱり街に戻ろう。うちの離れで暮らせばいい」  「ジンに迷惑かけられはないよ」  「でもアドルフとかいう奴には面倒かけてるのに?」  「アドルフは友だちだから」  「友だち……」  切れ長の瞳を僅かに開いたジンは項垂れてしまった。ルイスにとってジンは特別だ。彼の人生の足掛けになりたくない。  「よく人の子が来るのぉ」  「アドルフ、おかえり!」   ジンの背後からアドルフが顔を出した。籠には野菜や果物、パンなどの食材が溢れている。  ジンが入れない境界線を悠々と跨ぎ、くるりと振り返った。  「お主がジンか?」  「そうだが」  「ルイスから毎日聞いておる。特別で大切な人だと」  「ちょっとアドルフ!」   慌ててアドルフの肩を押さえるとクツクツと笑った。どうやら揶揄われているらしい。    その様子を眺めているジンは下唇を突き出した。  「ということは第二王子じゃな。さっき街で王子がいなくなったと大騒ぎしとったぞ」  前々から城を抜け出していたことはあったが、こんな街の外れまで来たことが知られたら怒られるだけでは済まないだろう。  それにルイスと会っていたことがバレたら、ジンも無事では済まないかもしれない。  「ジン、戻って」  「まだ話は終わってない」  「もう終わったよ。僕は街に戻れない。ジンは王様になって。遠くからジンが幸せになることを祈っているから」  早口に捲し立てるとジンは顔を歪ませた。  その表情が泣き虫だった幼少期の顔と重なった。   兄や母親たちからぞんざいな扱いを受け、その度に大粒の涙を零し、一人耐えていた。  そんなジンを支えたい。  大丈夫、大好きと何度も言った。  ジン を護らなきゃと思ってた。  でももうそれはもうできない。  ジン の側にいたらもっと迷惑をかける。  「ルイス」   名前を呼ぶとジンは一歩踏み出し、境界のなかに入る。するとジンの身体が赤く光り、光の粒子が湖の方へ 吸い込まれていく。  ジンは苦しそうに胸を押さえ、咄嗟に腕を伸ばして抱き締めた。  「ジン、戻って」  「俺の幸せはルイスがそばにいることだ」  強い力で抱き返されて胸が苦しい。 (僕だってずっとジンのそばにいたい)  でももう離れるしか選択はないのだ。  自分の我儘でジンにこれ以上迷惑はかけられない。  じわりと目頭が熱くなる。  「六年後、 魔法学園で会おう」  「魔法学園?」   ルイスが問いかけにジンからの反応はない。代わりに全体重がのしかかり、支えきれず尻もちをついてしまった。   赤い光がどんどん湖の方へ吸い込まれていく。ジンの魔力を竜脈が食い尽くそうとしている。  このままだと死んでしまう。  境界の外に出さなくちゃ。ジンの身体を持ち上げて引っ張らうとしたが、脳裏にあの日の出来事が浮かんだ。  ルイスに石を投げてきた大人たちの表情はとても恐ろしかった。  カタカタと身体が震えだし、ジンのシャツを握りしめたまま動けない。  「面白い小童じゃ」  アドルフは軽々とジンを肩に担いだ。  「こやつを城に帰してくる。悪いが籠を家に運んでおいてくれ」  「どうしよう、僕……」  「この程度では死なんよ。気を失ってるだけじゃ」  アドルフはそのまま街へと行ってしまった。   (助けてあげられなかった)  境界の外に出るのが怖かった。蔑まれ、石を投げれたときの傷はまた膿みだし、痛みを思い出させる。  ジンを助けたい気持ちはあったのに自分の弱さに負けてしまった。  アドル フがいなかったら最悪な結末だったかもしれない。  いまさら身体が震えてくる。肩を抱 いてもおさまりそうにない。  しばらくその場から動けなかった。

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