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第11話

 最後のボタンを留めて鏡を見た。紺色のジャケットと黄色のネクタイはいままで触れたことすらない上等な生地で、緊張から自然と背筋が伸びる。  いつもゆったりとしたボロボロの服を着ていたせいが、自分の体型にピッタリ合うように造られた制服は身体を押さえつけるような窮屈さがあった。  それに髪色も見慣れない。  元々金髪だった髪はアドルフが調合した薬草のお陰で黒色に染めている。  でも一番慣れないのはスカートだ。 足がスースーして落ち着かず、心許ない。  鏡の前で何度もくるくる回るとスカ ートの裾がふわりと舞って慌てて押さ えた。  「スカートじゃから動きには気をつけんと」    「髪色を変える理由はわかるけど、 どうして女装しなくちゃいけない の?」  この六年間切るタイミングを逃していた髪は鎖骨まで伸びた。黒色の髪とスカートでルイスとは気づかれないだろう。  「念には念をじゃ。ルイスだと知られたくないんじゃろう?」  「それはそうだけど」  「とても似合っておる」  「嬉しくないけどどうもありがとう」   背も低く童顔のせいか自分でも女装は思いのほか不自然ではない。そこはなんだか情けない気がするが。  それに学園への入学手続きや制服の調達は全部アドルフがやってくれたので文句を言える立場ではない。  六年という月日でだいぶ心の傷は癒えてきて前を向けるようになった。それにずっと小屋で過ごしてもジンへの想いが募るだけで現状は変えられない。  ジンとの約束もある。  「六年後、魔法学園で会おう」という言葉を支えに努力し続けた。 もうすぐジンに会えると思うと嬉しい反面、不安もある。  月日の長さを考えるとジンは婚約者に夢中になっていてもおかしくない。  王様になって結婚をしてお世継ぎを産むというのは王族には必要な務めだと理解しているのに実際ジンに婚約者がいたらショックを受けるかもしれない。   (会えていない分、どんどん欲張りになってる)  風の噂もここまで届かない。もとよりルイスは六年間、一度も街へ行っていない。食料の調達は主にアドルフが 担ってくれていたので、薬草を集めたりご飯を作るのがルイスの担当だった。  「指輪はしっかりはめているか」  「もちろん」   右手の薬指にある指輪を見せるとアドルフは柔和な笑みを浮かべた。  エメラルド色の魔石がはめ込まれた指輪は 魔力で作られ、魔力がなくても魔法を使うことができる。 魔法を扱うのに最初は苦労したが、 いまではすっかりお手の物だ。   風の魔法は日常生活でも活用できるので、洗濯物を早く乾かしたり、大きな物を移動するときに便利だ。  自分の属性ではない魔力が必要なときに使う道具を魔法具と呼ばれ、竜脈から魔力を吸われることはない。   魔力がないアドルフも土の魔力がこもったブレスレットをつけている。   魔力の使い方から文字の読み書き、一般教養をすべてアドルフから教わった。同い年なのに異国をずっと旅して きたという彼は博識でこの六年間で成長できたのは彼のお陰である。   魔法学園に入学することに不安ではあるが、アドルフがそばにいてくれる なら安心だ。  「そろそろ時間じゃな」  「うん、行こうか」  「淑女ならそう言わんじゃろう」  「そっか。では行きましょう、アドルフ」    荷物を持って六年間住んでいた小屋に別れを告げた。  境界を超えるときに 心臓が早鐘を打ち始める。また罵詈雑言を浴びせられたらどうしようと身体が震え、一歩も動けない。    (怖い……でも)  六年前、ジンが命をかけてここに来てくれて希望をくれた。  そのお陰で前を向いて生きることができた。  (大丈夫。僕は少しだけ強くなれた)  勇気をふり絞って一歩踏み出すと自分でも驚くくらい軽い足取りで歩くことができた。

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