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第12話

 魔法学園は貴族、市民関わらず十六歳になったら入学が義務付けられている。  だが貴族と市民の校舎や寮、食堂は別の棟にあり、交流することはほとんどない。  このラダヴィア国は戦争のない平和な国だが一つ欠点をあげるとすれば貴族と市民の格差がある。  貴族は金があり、魔法具や魔石だけでなく、ドレス や食べる料理すら一流品に対し、市民 はその下で馬車馬のように働かされるのに給金は少なく、身なりもボロボロ。 もちろん魔法具なんて買えない。今日一日をどうやって生き抜くかを考える毎日。  だが魔法学園在学中は学費やその他にかかる費用はすべて無料になる。魔法に対しきちんとした教養を身につけさせるための国の方針だ。  でもルイスはそれに弾かれ、街を追い出された。誰もが当たり前に通る道を歩けなかったから両親はさぞかし落胆したのだろう。  (今更そんなこと考えても仕方がない)  紆余曲折はあったがこうして魔法学園に入学できたのだ。しっかりやろうと歩く足に力が入る。  ジンは王族なので貴族棟だから会う可能性は低いかもしれないが、学園が近づくにつれ期待と不安が膨れ上がる。  だが一方で校門をくぐるときに石を投げられるのではないかと気を張った。みんなルイスを見てひそひそ話しているからだ。  もしかして女装に気づかれたのだろうかと冷や汗が吹き出す。  「もしかして僕って気づかれてる?」   隣を歩くアドルフに耳打ちをするがやんわりと笑顔を向けられるだけだった。祈るように竜のペンダントを服の上から握る。 (でもアドルフがなにも言わないってことは大丈夫だよね)  オドオドしている方が怪しまれるかもしれないと背筋を伸ばして校舎に入った。  一般棟でも掃除が行き届き、調度品も城ほど高級ではないだろうが品のあるものが並べられている。   奥へと進むと螺旋階段がある大広間に来た。クラス表が貼られているらしく生徒たちが群がっている。  「ここから用心するのじゃ。名前は忘れてないな?」   アドルフに訊ねられて頷いた。魔法学園に入学する際、「ルイ・スティック」という偽名で手続きをした。  本名を使ったらバレるに決まっている。  人混みの隙間を縫って表を確認するとアドルフと同じBクラスだった。  「同じクラスだね」  「これからも世話が焼けるのぉ」  「それはこっちの台詞だよ」   軽口を言い合っていたが、本当はアドルフと同じクラスで安心したのは秘密だ。そんなこと言ったら「まだまだ甘えん坊だ」と意地悪を言われるに決まっている。   突然、ざわめきをかき消す黄色い声が響いた。何事かと声の方へ顔を向けると一般生徒みんなが頭を下げている。   螺旋階段から降りてくる人物に目が釘 づけになった。   銀色の髪が神経質に短く切り揃えられ、背が随分とまた伸びた。貴族用の白いジャケットの上からでもわかる筋肉質な身体つき。  筋の通った鼻筋や薄い唇が年月の長さを感じたが、瞳だけは昔と変わらず ルビー色をしている。  「……ジン」   ジンは階段上から広間全体を見回し、それが合図かのように全員頭を下げた。 ルイスも慌ててみんなに倣う。  貴族が一般棟に来ることはまずない。しかも王族であるジンが側付きおらず一人でいるのも不自然だ。内密で来たのだろう。  (もしかして僕を探しに来てくれ た?)   胸が強く跳ねた。もしそうだったら嬉しい。  (でも今更なにを話せばいいのだろう)  竜脈の境界を跨げなかった弱い心が顔を出す。ジンを見殺しにしようとした過去がルイスのなかに根強く残っている。  階段を降りたジンはクラス表をすみからすみまで眺め、そしてまた最初から見始めた。たっぷり二往復したところで首を傾げている。   (やっぱり僕を探してくれている)  髪色も服装も違うから気づかないのも無理はない。どういう顔をすればいいのかわからず、アドルフの背中にぴったりと張りつく。  「やぁ第二王子。我を覚えているかい?」  アドルフがまるで旧知の友のような軽い調子で声をかけるのでその場が静まり返った。王族に対し敬うような口調をしなければ罰を与えられる。  なにをしてるんだよ、とアドルフの脇を小突いたが、ルイスの攻撃など無視してどんどんジンに近づいていく。  「覚えている。あのときは世話になた」  「大したことはしとらんぞ。それに褒美もたらふく貰えたのでしばらく生活に困らなかった」  「……あいつは?」   ルイスを示す言葉に身体が強張る。  「まぁ色々あってのぅ。ここには来ていない」  そう言うとジンは目を見開いて固まってしまった。だがアドルフの後ろにいるルイスに気がついたらしく視線が刺さる気配がする。  怖くて顔が上げられない。たっぷり数秒間置いたあと、そうかと小さく呟いた。  「ジン様、探しましたよ!」   幼少期、一緒に湖へ行った側付きのクアンが額に大粒の汗を浮かべて階段を駆け下りてきた。どうやらあちこち 探し回っていたらしい。  すれ違うときクアンと目が合った。 相変わらず気の強そうに眉を吊り上げ、ギロリと睨まれてしまった。  「もうすぐ式が始まります。戻りましょう」  「あぁ、わかった」  名残惜しそうに振り返ったジンはクアンと階段をのぼっていってしまった。  ジンたちがいなくなるとほっと溜息を吐く。  「お主を探しに来ておったの。隠れる必要はあったか?」  「こんなところで名乗れないよ」 「それもそうじゃの」  からからと笑うアドルフを睨みつけ、ジンがのぼっていった螺旋階段を見上げる。  クアンがまだジンの側付きをしていた。  本来ならルイスがあの役目を担っていたかもしれない。市民のルイスが 唯一ジンの隣にいられる場所を他の誰 かに盗られて笑えるはずがなかった。

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