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第16話
「一般寮に不具合があったと聞きました。よかったらジン様のお部屋を使って欲しいと言伝をお伝えしにきました」
「ほぉ、それは助かる。なぁルイよ」
アドルフに声をかけられ反射的に固まってしまった。慌てて耳打ちをする。
「誘われたのはアドルフだろ? 行ってきなよ。僕は学園の方に行くから」
「そちらの方はご学友ですか?」
「そうなのじゃ」
アドルフは両腕を広げ、まるで劇場に立つ舞台俳優のように声を張り上げた。
「こやつはルイというのだが、身体が弱くてとてもじゃないが床に寝ることなんてできないのじゃ。我の代わりにルイをそちらに預けたいのじゃが、構わぬか?」
「ちょっとアドルフ!」
アドルフの肩を掴むがびくともしない。ひょろりと細いくせに体幹がしっかりしている。
「その方は女性ですよね?」
「れっきとした可愛いおなごじゃ」
「……少々お待ち下さい」
クアンは廊下の端に移動して魔法具を出した。手のひらサイズの石碑に向かってぶつぶつ呟いている。どうやら連絡手段になっているらしい。
クアンに聞こえないようにアドルフに耳打ちをした。
「僕がいつ身体が弱いって?」
「言葉のあやじゃよ。こうすればジンにも会いやすいじゃろ」
新しい玩具を与えられて喜ぶようなアドルフの笑顔に頭が痛くなった。これもたぶんルイスを気遣ってのことなのだろうが、少々強引すぎやしないか。
詰め寄ろうと口を開くとクアンが戻ってきたので言葉を飲み込んだ。
「同室の方でもいいそうです」
「よかったなルイ。また明日」
アドルフはそのままどこかへ行ってしまった。 残されたクアンと目が合うとさっきまでアドルフに対してにこやかだった顔がすっと無表情になる。
女装のルイスとは初対面なはずなのになぜか嫌われていて気まずい。
(もしかして僕がルイスだと気づいている?)
それなら納得いくが、まだクラスメイトにすらバレていないのに。考えすぎだろうか。
「ルイ……さんと言いましたか?」
「はい。ルイ・スティックです」
「では行きましょう。主が待ってい ます」
「あ、はい」
断る言葉が見つからずクアンのあとについて行った。
一般棟を抜け、中庭を通ると貴族の学舎に入る。外観は一般棟とそう変わらない造りになっていたが、内装は王宮のように豪華だった。
ふかふかの絨毯の廊下を進み、目が眩むようなきらびやかな装飾の扉の前でクアンは止まった。
「ジン様に失礼のないようにお願いします」
「はい」
「お願いしますよ?」
「……わかっています」
しつこいくらい念を押されて、そりゃ信用できないよなと同情する。どこの馬ともわからない女性との同室を快く思っていないのは明白だった。
「ジン様、お連れしました」
「入れ」
扉を開けると満月の光が部屋の隅々まで行き渡っているのか昼間のように明るい。正面の窓辺にジンの姿があり、すでに寝巻きのガウンを羽織っている。
月明かりに反射するジンの銀髪が仄白く光り、子どものころに初めて見たジンの涙の粒を思い出した。
「アドルフの友人らしいな」
「はい、ルイ・スティックです。この度はお気遣い頂きありがとうございます」
一礼すると目が合った。ジンだ。もうこんなに近くにいる。
なにを話せばいいかとかどういう顔をすればいいかと悩んでいたのがすべて吹っ飛んだ。
ジンを前にしたら楽しかった記憶が 蘇ってきて、懐かしさで胸が温かくなり、気を緩めたら泣いてしまいそうだ。
この六年間、毎日ジンのことを想っていた。母親やレナードに辛い言葉をかけられていないだろうか。どうかジンの毎日が幸せであるように何度も竜に祈った。
そのジンが目の前にいる。
抱きつき たい衝動を抑え、笑顔の裏に閉じ込めた。
だがルイスの想いとは裏腹に赤い瞳は値踏みするように細められた。どんな奴が見極めるような鋭さに視線を合わせるのが躊躇われる。
(なにか失礼な振る舞いだったかな)
一礼しただけでスカートを持ち上げていないことに気づいた。もしかしてかなり無礼にあたるのだろうか。
「俺になにか言いたいことはあるか?」
「この度はジン様のお情けで助かりました。ありがとうございます」
「いや、そうではなく」
後頭部を掻いたジンは小さく息を吐いた。
「疲れただろう。今夜は早く風呂に入って寝るがいい」
「お気遣い感謝致します」
お辞儀をするとジンは別室の方へ行ってしまった。
強張っていた肩を撫でると「あの」と後ろから声をかけられる。
「あちらはジン様の寝室ですので入らないようにしてください」
「わかりました」
「ルイさんのお部屋はこちらです。浴室もついています」
反対側の扉を開けると一般寮よりも一回り広い部屋が用意されていた。
風呂、トイレは別々にあり、ベッドには天蓋までかかっている。
どことなく調度品やシーツの色やカ ーテンが女性向けな気がする。
「こちらは普段どなたか使っているのですか?」
「いえ、まだ誰もお使いになっていません」
「そうですか」
もしかして女性を連れ込んだとき用の部屋かと思ったが違うらしい。
ほっ と胸を撫で下ろした。
「ではわたくしは失礼します」
「ありがとうございました」
クアンはお辞儀をすると部屋を出て行ってしまった。どうやら側付きの部屋は別にあるらしい。
ということはいまここにはジンと二人しかいない。そう思うと心臓が早鐘を打ち始めた。
(なにをいまさら緊張しているんだよ)
今日は色んなことがいっぺんに起きたから疲れているのだ。
こういうときは何も考えずに寝るに限る。
ベッドに横になると柔らかいクッションがルイスの身体を受け止めてくれた。
つるつるしたシルクのシーツの肌ざわりが気持ちがいい。 この手触りはジンの髪質に似ている。
(小さいときはよく撫でてあげたっけ)
昔を思い出しながら撫でていると睡魔がやってきて、重たくなった瞼を閉じた。
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