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第20話

 「犯人はこいつです」  ジンは手足の自由を奪った状態で転がっている男を指さした。男はふんと鼻を鳴らす。  「連れて行け」   教師が合図すると大勢の人が入ってきて男を連れて行ってしまった。 「怪我をしている者は救護室へ!」  ジンは支えられながら立ち上がり、その表情は痛そうに眉を寄せている。普段から鍛錬をしているジンにここまで深手を負わせたあの男は一体何者だろうか。  軽やかな身のこなしは貴族には見えない。まるで幾千もの戦いを乗り越えてきたように動きに無駄がなかった。  (もしかしてジンの命を狙ってい る?)  他国のスパイだろうか。それとも貴族のなかの誰かの差し金か。  どちらにしろただならぬ状況なのは間違いない。  「貴様はなぜこちらにいる?」  白髭の教師はギロリとルイスを睨みつける。貴族の棟へ一般生徒はほとんど立ち入らない。  禁止されているわけではないが、暗黙の了解で入ることが許されないとみんなが認識していた。  「申し訳ございません。ジン様がお怪我しているのが見えていてもたってもいられず」  「ふんっ。もうここには来るなよ」  白髭の教師はそう言う残すと学園へと戻っていた。残っていた貴族たちからも白い目で見られる。  みんな傍観してただけのくせに。  ルイスが助けに入らなければ殺されていたかもしれないのに。それをただ黙って見ていた貴族たちが恐ろしく見えた。  ぞろぞろと学園に戻っていくなかに見知った顔と目が合った。ジンの兄、レナードだ。   金色の瞳はルイスを値踏みするように細められている。  咄嗟に魔法具の指輪を手で隠した。これを見られたらルイスが魔力がないのを気づかれてしまうかもしれない。  レナードはしばらくルイスを睨みつけていたが、学友に促されて学園へ戻って行った。  ルイスも一般棟へ戻るとテラスで一部始終を見ていたクラスメイトたちに肩を叩かれた。  「すごいね、ルイちゃん!」  「貴族を一人で倒してかっこいい!」  称賛の声にむずむずする。褒められ慣れていないというのもあり、擽ったさがあった。  けれど白髭の教師に目をつけられた かもしれない。それに大勢の貴族にも顔を覚えられた。  髪色を変えて女装しているといっても気づかれてしまうか もしれない。  今後は目立つような真似は控えようと心に決める。  「よく頑張ったの」  「アドルフが薬草のこと色々教えてくれたおかげだよ。それに戦闘訓練も」  「役に立ててよかった」  ぽんと頭を撫でられて親に褒められたような気恥ずかしさがあった。その日の放課後、ジンの部屋に行こうか悩んだが症状が気になって中庭を 通って遠回りをしてから貴族寮へ入る。  図書室で時間を潰していたお陰で誰にも会わずに済んだ。  ノックをして部屋に入ると応接室にジンの姿があった。ルイスを認めると口元を綻ばせた。  「ルイか。さっきは助かった。礼を言う」    「大したことはしてません。傷はどうですか?」  「薬草がよかったらしい。医者の見立てでは痕も残らなそうだと」  「よかった」  それを聞いて安堵の溜息がこぼれた。ジンの役に立てたことが嬉しい。  そこでジンが一人なことに気がついた。部屋を見回すがクアンの姿が見当たらない。  「あの……クアンさんは?」  「いまは下がって貰ってる」  クアンは寝る直前までジンの世話をしている。紅茶を入れたり、手紙を届けたり、掃除をしたりなどいつも部屋のなかを右往左往して、まるでルイスに近づけさせないようにしていた。  (ということはいまは二人っきり!)  急に心臓が早鐘を打ち始める。ジンが襲われていたときはなに振り構わずだったが、こうもいきなり誰もいない状況になるとなにを話せばいいのかわからなくなる。  「で、では私も下がらせて頂きます」  下手になにかを話すとボロが出てしまいそうで、ルイスは自室のドアノブ に手をかけると大きな手のひらが重ねられる。  「……名前を呼んでくれただろ」  その言葉に背筋が凍る。あのときは夢中で「様」をつけるのを忘れていた。 もしかして怒っているのだろうか。  「さっきほどは緊急事態だったとはいえ、失礼な真似をして申し訳ありません」  ルイスは向き直り、頭を深く下げた。  ジンのルビー色の瞳はどこか憂いを帯びているように見える。  (誠意が足りなかったのかな)  でもこれ以上どう謝罪すればいいのかわからない。  ルイスはもう一度頭 を下げるとジンの手が肩にかけられた。  「そういう意味じゃない。嬉しかったんだ」  「嬉しい、ですか?」  「昔、とても大切な人が俺の名前を呼んでくれたんだ」  懐かしむようにルビー色の瞳が細められる。   (それは僕のこと? それとも他の誰か?)  問いかけたい言葉が喉奥で詰まる。ジンの大きな手のひらがルイスの顎を掴み、上に向かせた。  「ルイの瞳は夏空を閉じ込めたみたいに青いんだな」  その言葉はジンに言われたことがあった。懐かしい。胸がきゅっと痛くなった。  「あ……ありがとうございます」  「青い瞳で黒い髪は珍しいな」  「母親が東の方の人なので」  「薬草の知識も母親から?」  「それはアドルフが教えてくれました」  嘘を吐くときには本当のことを少し混ぜた方が説得力があがるとアドルフに言われていたので、嘘と真実を混ぜた 。  「いつアドルフから教わったんだ?」  「街に来たときに教えてもらってました」  「それはどのくらい?」  「だいたい十年くらいでしょうか」  あまりの質問攻めに頭がこんがらがってきて、なにが本当のことだったのかわからなくなりそうだ。  「この指輪は魔法具だろ?」  ジンはルイスの指輪をさした。咄嗟に手を隠す。  「実は魔力がとても弱く、これで強くさせているんです」  「そうか。風の魔力だったよな」  「きちんと洗礼を受けて授かったものです!」  「じゃあ……」  「あの! あまり長話してはお身体に触ります。夕食までお休みになったらどうですか?」  ルイスの提案にジンはようやく引き下がった。  「……それもそうだな。ルイも疲れているところにすまない」  「とんでもございません」  深々と頭を下げるとジンはどこか寂しそうな表情に変わった。  「では、また」  「おやすみなさいませ」  ジンが自室に戻るのを見送ってからルイスも部屋に入る。神経を使いすぎて疲れた。  その場に蹲り、ジンとの会話を思い出す。 あんなに話したのは久しぶりだ。ただ会話しただけなのにそんな些細なことですら嬉しい。  でも本当は嘘なんてつきたくない。 全部あったことを話してしまいたい。  ジンに縋りたくなる弱い心に鞭を打って、立ち上がった。

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