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第23話

 「お腹が空いていないので大丈夫です」  そう言うと同時にお腹がぐうと鳴り、ジンは顔を押さえて笑った。恥ずかし い。なんてタイミングの悪い腹の虫なのだ。  「ルイは毒味役なんだからなにも気にすることない」  「ですが」  そうは言っても気が引ける。こんな贅沢なものいままで一度も食べたことがないだけに萎縮してしまう。  「じゃあ適当に頼むか」  ジンは慣れた様子で何種類か頼み、クアンは恭しく頭を下げて厨房へ行った。  「座学はついていけそうか」  「えっと、まぁ……はい」  周りを警戒していたので教師の話を聞いていなかったが、入学前にアドルフと散々勉強してきたし平気だろう。  「そんな肩肘張っていると疲れるぞ」  ジンの手に肩を触れられ「ひゃあ」と変な声が出てしまった。  「ルイは面白いな」  「……すいません」  「恥ずかしがることはないだろ。だが女性の身体にいきなり触れたのは失礼だったな」  ふわりと笑うジンにどんどん顔が熱くなってくる。そのやさしい眼差しはずるい。  しばらくするとワゴンを押してクアンが戻ってきた。  牛肉のステーキ、アヒージョ、ポテトサラダにパン、クラムチャウダーなど誕生日パーティーかと錯覚するほど豪華な料理がテーブルに並ぶ。  「これが昼ご飯ですか?」  「嫌いなものでもあったか?」  「……いえ、勿体なくて」  美味しそうな匂いに口のなかに涎が溢れごくんと飲み込む。  ルイスの好物に近いものばかりだ。魚介やクリーム系のものは大好きで誕生日のとき必ず作ってもらっていた。  「じゃあ毒味を頼もうか」  「はい……」  これは毒味なので決してやましい気持ちはないと言い聞かせて、ステーキを切って食べる。  噛まなくても柔らかい肉がほろほろ溶けている。ソースも甘じょっぱくて、あとからくるニンニ クの香りに食欲がそそられる。  あまりの美味しさに頬が緩んでいるとジンの手が伸びてルイスの唇に触れた。  「ソースがついてるぞ」  「す、すいません」  指についたソースをぺろりと舐めるジンに目を剥いた。  「毒が入ってるかもしれません!」  「そっちで怒るのか」   くつくつと笑うジンに首を傾げる。  「ルイが食べて問題ないなら大丈夫だろ。じゃあ次はこっちのスープを頼 む」  一口分入った小皿を受取り、スプーンですくった。  ミルクの甘さのなかに魚介の味が隠れていて食べやすい。こちらも絶品だ。  「問題なさそうだな。じゃあ次は」  「あの! ジン様もお食事をしてください」    「それもそうだな」   ふっと鼻で笑うとジンが食器を手に取るナイフで肉を切り、口に運ぶだけなのに絵になりそうなくらい気品がある。  「ぼんやりしてないで早く食べろ」  「あ、はい」  もう一生食べられないかもしれない食事を堪能した。おまけにデザートのケーキまでついてきてさすがに腹がはちきれる。  「美味しそうに食べるな」  「どれもすごく美味しかったです」   ナフキンで口元を拭ってはたと気づく。  (あまり毒味役っぽいことをしてない)  美味しく最後まで食べてしまい、ジンはそれを嬉しそうに見ていた。これだとただ餌付けされているだけではないか。  その事実にようやく気づいて顔をあげるとジンは口元を綻ばせ、まるで雛鳥に餌を与える親鳥のように満足げだった。  (ジンが迷惑に思っていないからいっか)  夕食はもう少し毒味に集中しようと心に決める。  「黙って食事もできないのか」  植木鉢で隠れている反対側から声が飛んでくると立ち上がったレナードと目が合う。  氷のように冷めた黄金の瞳。  ジンと ルイスを認めると眉間の皺を深くさせて嫌悪感を表した。  「ここは食堂だ。うるさいのが嫌なら部屋で食事をすればいいだろ」  「なんだと?」  睨み合いを始め二人に挟まれてしまい身動きがとれなくない。  「次はその女がおまえの遊び相手か」  ルイスを顎でさしたレナードの瞳には軽蔑の色が濃くなる。  遊び相手、という言葉に引っ掛かりルイスは立ち上がった。  「発言をしてもよろしいでしょうか」

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