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第27話

 夏に入ってから毎日暑い。  日差しは強く、時折吹く風は生温いので余計体温が高くなる。木陰にいても汗が止まらない。  汗だくのルイスに対し隣に座るジンは涼し 気に本を読んでいる。  (よくこんな暑さのなか読書なんてできるな)  伏せられたまつ毛の長さに見惚れていると本に向いていた視線がこちらに向けられ、肩が跳ねた。  「どうした?」  「ジン様は暑くないのですか?」  「これがあるから少しはマシだ」  ジンは首に巻いている長い布を掲げた。  「最近流行っている魔法具で、身体を冷やしてくれるんだ。ほら」  手を掴まれて布に触れるとひんやりと冷たい。水と風の魔法がかけられているのだろう。だから体温にも溶けず、氷のような冷たさを保っているらしい。  「これはいいですね」  「ルイにも用意させようか?」  「私は大丈夫です。この暑さも嫌いではないのです」  魔法具は市民の平均収入の一年分以上は値が張ると言われていて、おいそれと手が出せる代物ではない。  でもこの貴族棟ではみんな当たり前のように魔法具を持っている。ファッ ションの流行り廃りも目まぐるしいので夏にマフラーを巻くのがトレンドなの だと思っていたら魔法具だったのかと納得した。  夏服に衣替えしても暑さを凌げるわけではない。特にルイスは骨格が男だと気づかれてしまうので長袖にタイツを履いている。汗が染みてベタベタと張り付いて気持ちが悪いが仕方がない。  ジンはしばらく布を見つめてから、取ってしまい目を瞠った。  「暑くはないのですか?」  「暑いな。でもルイの言う通り悪くない」  そう言って微笑むので落ち着かなくなる。  「小さいとき、友人と湖に行って水遊びをしたことがあるんだ」  「……それは素敵ですね」  「すごく楽しかった。子どものときはなんでもできる大人が羨ましかったが、いざ大きくなると子どものころの方が自由が多かった気がするよ」   あの頃がルイスも一番楽しかった。立場など関係なく、ただ ジンと毎日遊び惚けていた。  今にして 思えばなんてと尊い時間だったのだろう。  (時間を巻き戻せるならあのときに帰りたい)  汗が伝う頬を撫でられてルビー色の瞳がぐっと近づく。ただならぬ気配に視線をウロウロと彷徨わせていると学園の方が騒がしいことに気づいた。いまは昼休み。ほとんどの生徒が食堂にいるはずなのに一般棟と貴族棟を結ぶ渡り廊下に人が集まっていた。  空気を変えるのに絶好のタイミングだ。  「あれはなんでしょうか?」  「祭りの準備をしているのだろう」  「もうそんな時期なのですね」  年に一度、竜の生誕を祝って祭りが行われる。街や村が竜を模した飾りをつけ、出店が並び人が大勢訪れる。  名目は竜の生誕祭だが、ほとんどただのお祭り騒ぎをしているだけだ。  魔法学園も一般棟のみ開放され、生徒ではない国民も入ることができる。 クラスで店を出したり、劇や歌を披露するところもあるらしい。  だが貴族はこの祭りには参加しない。  正確には生誕祭を祝う風習はあるが貴族のみ参加できる舞踏会やお茶会を開く。こういうところでも貴族との格差がある。  洗礼を受ける前、毎年両親と祭りに行っていた。街がきらびやかに彩られ、すれ違う人が笑顔でいるのをみるだけでとても楽しかった。  だが小屋で暮らしていた六年間は一度も参加していない。  「一緒に行くか?」  ジンは長い前髪の隙間から伺うように視線を投げてきた。予想外の言葉に大きく二度瞬きをする。  「生誕祭にですか?」   「嫌か?」  嫌なわけない。ジンと一緒に行けたらと子どもときからずっと思っていた。  気持ちは昂っていくが、理性を取り戻すために一呼吸おく。  「王族は貴族側のパーティに参加されるのではないですか?」  「別に出なくてもいい」  「そういうわけにはいきません。それに王子がお祭りに参加するなど前代未聞です」   嬉しい申し出だが自分の立場はわかっている。ジンがそうやすやすと祭りに参加できる立場ではない。  社交場で人脈をつくり、婚約者を見つけ結婚してお世継ぎを産む。そして いずれ選定を受けて国王になれる方だ。  (本当は一緒に行きたいけど、それはダメだ)  自分のわがままにジンの人生を棒に振るわけにはいかない。  「……こういうとき王族とは面倒だ」  「そんなことおっしゃっては罰があたりますよ。そのお陰でこちらもあるんですし」   ジンが手に持ったままの魔法具を指差すとますます渋面になった。  「好きで王族に産まれたわけではない」  「ですが」  なにか言おうとして口を閉じた。ジンがとても苦しそうな顔でルイスを見ていたからだ。  王族ならではの悩みがあるのだろう。そう考えるとジンが哀れに思えた。  王族という立場のせいで色々我慢をさせられてきているのかもしれない。昔はよく城を抜け出して側付きたちを困らせるくらいわんぱくだったのに、学園に入学してからそういう素振りはない。  ジンなりに我慢しているのだろう。  「やっぱり一緒に行きますか」  「いいのか」  「クアンさんに許可を得られたら、ですけど」  「市民の生活を知りたいとか適当に誤魔化すさ」  頭を撫でられて頬が熱くなった。日差しのせいではないのは明白で、隠すように俯く。  ジンへの気持ちを自覚したせいでふとした瞬間に弱い。忌み子であるルイスに好かれても困るだろう。  子どもの頃のように立場を気にせずいられたら会いたいときに会って、遊んで、ご飯を食べて。  そんな当たり前のことを王族であるジンとはできない。いまは学園にいるから許容されているだけで、卒業したら離れ離れだ。  (それまでもう少しそばにいたいな)  「なにを考えている?」   顎に手をかけられ上を向かせられる。ルビー色の瞳が光彩までわかるほど近くにあり、慌てて離れようとするが今度は腰を掴まれてしまいジンの方へ引き寄せられた。  身体が密着させられてジンの体温の高さを知った。お腹の底がきゅんとしてしまい、否がおうので男の性を知らしめる。  「……ジン様のことを考えていました」  「俺の?」  ルイスの答えが意外だったのか瞳が大きく開かれ、上向きの睫毛が揺れた。  「生誕祭は貴族の社交場と聞いてます……その、婚約者の方と一緒に行かれなくていいのですか?」  「婚約者などいない」  「ですが」  女遊びをしているのではないかと訊けるわけもなく、言葉を飲み込んだ。  それでもなんとなく察したらしい。  ジンはルイスの肩に頭を預け、より密着してきた。甘えるような仕草に胸が高鳴る。  「俺にはずっと好きな人がいる」  衝撃的な言葉に鼓膜がきんとする。ジンが嬉しそうに好きな人のことを 語っている声がまったく届かなかった。  世界が音を無くしたようになにも聞こえない。 (ジンに好きな人がいたなんて)  そんなのちょっと考えれば想定できることだった。なんでそんな簡単なこと考えなかったのだろう。  いや、わざと考えないようにして思考から追いやっていた。  女遊びをしている噂話より打ちのめされる。  「ルイ?」  「……その方と結ばれるとよいですね」  「そうだな。努力するよ」  心にもないことを言って無理やり笑顔を作った。  

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