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第29話
鳥の囀りで目を覚めすとなにやら布団のなかが温かい。なんだろうと手を伸ばすとさらさらで気持ちがいいものに触れた。
(柔らかくて気持ちいい)
まるで上等なシルクのような手触りだ。それに温かくてほっとする。
それを引き寄せて抱き締めるとルイスより大きい。なんだろうと目を開けると眠っているジンがいた。
「ジン……様!」
ルイスの悲鳴にジンも目を覚ました。寝巻きのバスローブはだけ、鍛えられた胸筋が目に入りあまりの色気に目を反らした。
「おはよう、ルイ」
「……おはようございます、ジン様。あの、どうしてこちらに?」
周りを見渡すとルイスの自室だ。なぜジンがここにいるのか理解できない。
目を擦ってどうにか眠気と戦っているジンは大きな欠伸を一つこぼす。
「昨晩は公務に追われて寝るのが夜遅くになってしまって」
「お疲れだったんですね」
「……だからすまない。部屋を間違えてしまったようだ」
「部屋もわからなくなるほどの激務だったんですね」
授業や実習もあったのに公務まであってそれは大変だっただろう。疲労困憊で意識が朦朧としていたから部屋を間違えてしまったのかーーってそんなことないだろう。
いくらなんでもルイスとジンの部屋は造りが違うし、そもそも扉も離れている。どんなに疲れていても間違えようがない。
(もしかして女好きっていうのは嘘ではない?)
ルイスが女装をしているからこちらの部屋に来て、なにかやましいことでもしようと思っていたのだろうか。
慌てて自分の寝巻きを確認すると上まできっちりボタンが留められていて脱がされた形跡はない。
「大丈夫。まだ手は出してない」
「まだって」
いつか手を出すつもりなのだろうか。頬が勝手に熱くなっているとジンはふわりと笑った。
「そういう可愛い顔は他でするなよ」
「可愛いなんて滅相もありません」
「ルイはとても魅力的だから心配だ」
「……ジン様はなにか勘違いされています。身分の低い平民の私が魅力的なわけあません」
令嬢たちのように着飾っているわけでもない自分が目の肥えたジンにはみすぼらしく映っているに決まっている。
(もしかして襲われたところを助けたから恩義を感じてやさしい言葉をかけてくれるのだろうか)
ジンは昔から平民であるルイスと遊 んでいたこともあり、見下すような真似はしなかった。
貴族は平民を下に見る。みすぼらしい、惨めだと平気で罵ってくる奴もいた。子どものとき両親がそういう目に遭っているのを見て心臓を絞られるように辛かった。
手を握られ、顔をあげると朝日に反射してルビー色の瞳が輝きを増している。
あまりの美しさで目が離せない。
「身分なんて関係ない。ルイはルイだろう」
その言葉に花が咲くように気持ちが晴れ晴れとしたものになった。ルイスはルイス。
身分や忌み子とか関係なく、その人となりを見てきた瞳には強い力を感じる。
(またジンへの好きが増えていく)
どれだけ自分を魅了していくのだろうか。際限なく溢れそうになるジンへの想いにぎゅっと蓋をして、息を深く吐いた。
(いまは護衛に集中しないと)
またジンが襲われる可能性があるのだから自分がしっかりしていないとダメだ。
気持ちを新たにし、頭を下げた。
「ありがとうございます。そのお言葉だけで私は救われます」
「じゃあこれの件を話してもらおうか?」
どこからか取り出したのかジンの手には切り刻まれたルイスの教科書を持っていた。
「どうして、それを」
「ルイが教科書を忘れるなんて珍しいと思ったからな。調べたらこれだよ」
ジンは軽蔑するように教科書を見た。
「犯人の目星もついている。ルイスが望むなら同じ目に遭わせるか」
「それはお相手の方の教科書を切り刻むということですか」
「それとももっと酷い目でもいいか」
ジンの表情から殺気を滲ませている。さっきまでの和やかな空気が色を塗りつぶされたように変わってしまった。
恐ろしい剣幕に唾を飲み込む。
「私は復讐なんて望んでいません」
「なぜだ。こんなことされたのに」
無残な姿の教科書に胸が痛む。
「確かに悲しいです。でも私はお相手の方に同じような気持ちにはなって欲しくないのです」
忌み子と蔑まれ、世界を呪おうかと思ったときもあったが、その気持ちを踏みとどめてくれたのがジンだ。
ジンがいたからルイスはいまも前を向いて 歩けている。
相手を同じ目に遭わせるということは同じ場所まで落ちるということだ。
そんな卑劣な存在に自分はなりたくないし、ジンにもなって欲しくない。
大好きなジンは誇り高い存在であって欲しいのだ。
「おまえはどうして……」
言葉を失ったジンは力なく腕を落とした。失望させてしまっただろうか。
ジンはしばらく黙ったあと頭を撫でてくれた。
「ルイはやさしすぎるな」
「そんなことありません。結構自分勝手なところもあるんですよ」
「確かにそうだな」
笑い返してくれるジンにほっと溜息が漏れた。
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