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第32話

 翌週の休日に祭りが始まった。  学園は彩り豊かに飾られ、肉の焼ける匂いや射的や輪投げなどの出店には子どもたちが詰めかけ、学園内のそここで笑い声が響いている。  隣を歩くジンも浮足立っていた。  見るものすべてにルイスに質問して、驚いた表情が子どもの頃を彷彿とさせ可愛いなと目を細める。  先日のレナードの件は話していない。  そんなことしたら心配かける決まっている。  それにルイスには一つ気がかりがあった。  『俺にはずっと好きな人がいる』  その言葉がかさぶたのようにこびりつき、触れると痛みを伴った。思い出 したくないのに忘れられない。  (ジンの好きな人ってどんな人かな)  絶対に貴族の令嬢だろう。美人で聡明で気品のある女性像を思い浮かべ、二人が並んで歩いている姿を想像するだけで喉が苦しくなった。  「ルイ、これも食べてみてくれないか?」    「はい。これは?」  「小麦粉に砂糖を混ぜて焼いたものだ。甘くて美味しいらしい」  「ありがとうございます」   フォークを手渡され一口食べるとふわふわの食感で甘さが口いっぱいに広 がる。美味しいはずなのに気分が沈んでいるせいか、味がよくわからなくなってきた。  「どうだ?」  「毒は入ってなさそうです」  「あまりルイの好みではなさそうだな」  「いえ、そんなことは」   少し残念そうに眉を寄せたジンは周りを見渡した。  「あそこで冷たい飲み物を買って少し休もうか」  「はい」  ジンが指さした先はルイスが先日まで座学を受けていた教室だった。 どうやらフルーツジュースを売っているらしく、この暑さに少しでも冷た いものを求める人が多く行列ができている。   教室の前で呼び込みをしていたアドルフが二人に気づいた。  「おや、お揃いで」  揶揄われるように目を細められたが落ち込んでいるせいで反論する気力がない。  「久しぶりにルイと話してもよいか?」  「あぁ、構わない」  「じゃあジンはここで看板を持っていてくれ」  アドルフは自分が持っていた看板を押しつけた。受け取ったジンは不思議そうに掲げた。  「これでいいか?」  「よく似合っておる」  「ちょっとアドルフ! ジン様になにをさせてるの!」  「しばしの間じゃ。別に構わんだろ」  「不本意だがな」  「ほらな。行こうか」  アドルフに引っ張られ人気の少ない寮へと移動した。誰もいないことを確認してから口を開く。  「ジン様に手伝わせて、あとで怒られても知らないよ」  「構わん。それよりなにか悩み事か?」  心臓が小さく跳ねた。アドルフはずっと一緒に住んでいたせいか、ルイスの些細な変化もすぐわかってしまう。  レナードとのことを話すと表情が曇った。  「すまん。我がぬかったせいじゃの」  「アドルフは悪くないよ。とりあえずその場は凌げたし」  「じゃがまた手を出してくるかもしれん」  「そうだね」  またなにか言われたとき用に言い訳を考えておく必要がある。  「ねぇ、忌み子って魔力がないだけだよね」  「そうじゃな」  「レナード様のなかで忌み子をどうにかしようとしている感じだった」  ただ魔力がなく、国の安定を滅ぼす存在ではないなにか別のことをレナー ドが知っているようだった。  「考えすぎじゃよ」  「だといいんだけど」  アドルフも知らないなら気のせいかもしれない。 話を切り上げて戻ろうとするアドルフの手を引いた。  「なんじゃ」  「もう一つあって」  「言ってみろ」  「ジンに好きな人がいるって」  「なんじゃそんなことか」  「僕にとっては一大事なの! 学園にいる間は一緒にいられるけど、卒業したらもう会えなくなるし」  言葉にしたら余計落ち込んできた。涙が込みあげそうになり、奥歯を噛んで耐える。  「それが誰なのか訊いたのか?」  「怖くて訊けてない」  「一度聞いてみればよいものを」  「そんな勇気があるわけないだろ。どこかの令嬢の名前を出されたら倒れちゃうかも」  「……ジンは報われんの」  額に手を置いたアドルフは左右に首を振った。  「ルイスよ」  ぽんと肩に手を置かれ顔を上げるとジンよりももっと濃い赤色の瞳が細められている。  「お主はいまなんでここにいる?」  「ジンを守りたいから」  「どうして守りたいんじゃ?」  「好き、だから」  「そこまで答えが出ているならやることは一つじゃな」  言葉にすると沈んでいた気持ちがなぜかきれいさっぱりなくなった。  悩んでいたってしょうがない。いずれくる別れのために、いまは一日一日を大切に過ごして思い出を残したい。  「ありがとう。なんかすっきりした」  「なら戻ろうか」   教室に引き返すと人だかりができていた。どうやら王族であるジンが呼び込みをやっているので一目みようと集まっているらしい。  女性にもみくちゃにされているジンは不機嫌なのを隠そうともせず冷たい対応をしているのに、火に油を注ぐように黄色い歓声が響いている。  市民からしてみれば王族は行事のときに城からちょっと顔を出して手を振ってくれる遠い存在。  それが目と鼻の先にいるとなれば興奮するのも無理は ない。  「おい、ジン」  アドルフが声をかけると輪を抜け出したジンは唇を尖らせた。  「遅い」  「申し訳ございません」  「久しぶりに話したから長くなってしまってのぉ」  「さっさと返してもらうぞ」   ジンはルイスの肩を抱いて引き寄せられた。まるで舞台劇のような仕草に女性たちが頬を赤く染めている。  「では行こうか」  「……はい」  ルイスの手を取り、エスコートをしてくれる姿はさすがにさまになっている。  (こんなの誰でも惚れるに決まってる)  しばらく廊下を歩いていると一般生徒用の制服を着た男に呼び止められた。  「ジン様、先程はお手伝いいただきありがとうございます。こちらよかったら飲んでください」  手渡されたのはカップに入った柘榴のように真っ赤なジュースだ。小さい実がころころと転がっている。氷がからりと音をたて冷たくて美味しそうだ。  「ありがとう」  「では僕はこれで」   男が引き返す後ろ姿を見て首を傾げる。  (あんな人、Bクラスにいたかな?)  半月しかいられなかったのでクラスの全員の顔と名前はうる覚えだ。  それにこの赤い実。  昔どこかで見たような気がするが、ジュースの赤い色が濃くてわかりずらい。  柘榴やアセロラだろうか。  「毒味をしてもよろしいですか?」  「構わない」  カップを受け取り鼻を近づける。刺激臭はない。  (僕の考えすぎかな)  目の前でジンが襲われているのを見たから神経質になっているのかもしれない。  それにルイスが貴族側に移動したあとにあの男が転入してきた可能性もある。  うんうん唸っているとひょいとカップを奪われた。  「すまないが暑くて喉が乾いているんだ。先に飲んでもいいか?」  「ちょっと待ってください!」  ジンからカップを取り上げ、一口飲んだ。柘榴やアセロラのような酸っぱさなく、ただの水だ。   赤い実が口に入り、少し噛むと苦みがある。思い出したと同時に吐き出した。  「どうした!?」  「これは……毒です」  身体に力が入らない。ふらふらする。  そこでルイスの意識は途絶えた。        

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