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第34話
朝の日差しの眩しさで目が覚めた。
随分長いこと眠っていたのか筋肉が硬直して動かしにくい。
ぎこちなく寝返りを打つとジンの寝顔が飛び込んできた。ルイスの左手を握り、規則的な寝息をたてている。
「ジン……様」
起き上がろうとすると手をぎゅっと強く握られ、ゆるゆると瞼が開く。寝ぼけ眼のジンがルイスを認めると起き上がって抱き締められた。
「よかった、ルイス。目が覚めたのか」
「私はどうしてここに」
「毒を飲んで倒れたのだ。覚えていないのか?」
その言葉に記憶が蘇ってきた。男から受け取ったジュースを飲んで倒れたのだ。
あの赤い実はやはりドクウツギだったのだろう。小さい実は葡萄のようになっているので一見美味しそうに見えるが、実は身体を痙攣させてしまう毒でもある。
小屋に住んでいたとき知らずに口にして倒れて以来、アドルフから食べないようにと強く言われていた。
でもその経験があったからジンを護ることができた。
よかったと胸を撫で下ろすが、ジンの顔は浮かない。
「ルイスが死ぬかと思った」
「ご心配おかけしてすいません。もうこの通り大丈夫ですので」
力こぶをつくるように腕を曲げて元気をアピールしたが、ジンの表情はどんどん険しくなっていく。
そしてまた抱き締められた。息が詰まるほど強い力で息が苦しい。
「もう本当のことを話してくれ。ルイス」
その言葉に時間が止まった。
(いま、僕の名前を言ったよね?)
顔をあげるとルビー色の瞳がすべてを知っていると語っている。
(でもここで認めるわけにはいかない)
「私の名前はルイです、ジン様」
「もう嘘はよしてくれ」
「嘘じゃありません。このように女性で、ルイスなんて人知りません。確認されますか?」
レナードのときと同じようにボタンを外そうとするとジンの手が重ねられた。悲しそうに表情を曇らせ、首を振る。
そしてジンはポケットからルイスが肌身はなさず首から下げている竜のネックレスを取り出した。
慌てて自分の胸元を探るが感触がない。
「これは王族に伝わる由緒正しき宝だ。これを持っているのがなによりの証拠だ」
もう嘘を突きとおすことができないと悟った。
「……いつから気づいてたの?」
「クラス表を見に行ったときにアドルフの後ろに隠れていただろ」
「そんな前から?」
つまりジンは最初からすべて知っていた上でルイスに合わせてくれていたということだ。
うまく隠せていると思って勘違いしていた自分が恥ずかしい。
「隠す理由はなんとなくわかっていた。だから話を合わせていた。すまない……」
まるで自分が傷つけられたように痛みに耐えるジンの表情に消えかかったろうそくの火がぱっと爆ぜる。
「ごめん、ジンにどうしても迷惑かけたくなくて」
「どうして?」
「忌み子である僕がジンのそばにいられないでしょ?」
「そんなわけあるか!」
抱き締められた腕に力を込められる。とくとくと打つ心臓の音はジンなのか自分なのかわからないくらい激しい。
「六年前、約束しただろ。魔法学園で会おうって」
「どうしてここなの?」
「ここなら王族は介入できないんだ。騎士団も学園や寮に入れないから、ルイスといられると思ったんだ」
ジンの言う通り魔法学園は生徒と教師、付き人一名のみしか入れない。先日の祭りのように開放される日は年に 一回しかない。
それほど魔法学園は隔離された場所といえる。
ジンは長い睫毛を伏せて、どこか憂いの表情に変わる。
「でも入学してみれば貴族と市民が厳重に分けられ差別もしていた。まさかここまで腐ってるとは思ってみなかったよ」
襲われたジンを助けたときの貴族や教師の蔑む眼差しを思い出し、ぶるりと背筋が震える。
あれは完全にルイスのことを軽蔑していた。
「でも竜のお導きでまたこうして会えた」
頬に手を添えられてそこに頭を預けた。大きい手のひらは温かくて気持ちがいい。頬擦りをしているジンが息を飲んだ。
「毎日夢見てた。またルイスに触れられて嬉しい」
「僕もだよ」
「もっと触れてもいいか?」
「え?」
目を丸くしていると顔が近づいてきて、唇に触れた。それは瞬きするより早く離れていったので夢かそれともルイスの願望かわからない。
もう一度顔が近づいてきて、ようやく現実だとわかり顔を伏せた。恥ずかしくて目が合わせられない。
「俺を拒まないでくれ」
懇願される声に胸の奥がきゅっと締めつけられる。そんな縋るような声に抗えるわけがない。
「……嫌じゃない。ただ恥ずかしくて」
そう吐露するとジンはふふっと鼻で笑った。
「最初からちゃんと告げておけばよかった」
「告げる?」
「ルイスを愛してる」
そう言ってまたキスをされた。何度か戯れるように触れ、ジンの舌がルイスの唇をノックする。おずおずと口を開くと長い舌がぬるりと入ってくる。
「んんっ……ふっ、ん」
舌を絡めとられいやらしい水音が響く。呼吸をする隙すら与えられず苦しくてジンのシャツを強く掴んだ。
頭に酸素が回らずくらくらする。
限界に気づいたのかジンの唇がリップ音と共に離れた。
「悪い。先走った」
「べ、別に嫌じゃない」
「嬉しい」
白い歯を覗かせて笑うと王子の仮面が外れて子どもっぽく見える。
嬉しい。
昔からジンはよく笑う子だった。さらに強い力で抱き締められ、その胸に顔をうずめる。
長い髪を撫でられた。そこではたと気づく。
「僕の髪色も長さも違うのにどうしてわかったの?」
ルイスは女子の制服を着て、髪も黒くし、長く伸ばしている。一見、普通の女の子にしか見えない。
「ルイスがどんな姿でもすぐにわかる」
歯の浮くような台詞に頬が熱くなる。
「なに、それ」
「照れてる」
「照れてない!」
声を荒げるとジンはまた笑った。
(こんなの照れてると言ってるようなもんだ)
もう隠し事はできないなと改めて思った。
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