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第35話
どうやら二日ほど眠っていたらしく、その間ずっとジンが看病をしてくれていたそうだ。
不眠不休でルイスのそばを離れようとしないジンを心配したアドルフが交代を申し出だが、頑なに 拒否し続けていたらしい。
ずっと世話をされていた真実に恥ずかしさがあるが、意識がなかったのがまだ救いだ。
ルイスが意識を失っている間に夏休みに入り、貴族はもちろん一般の生徒も帰省していて、寮に残っている生徒はほとんどいない。
(ということはジンと二人っきり?)
あらぬ妄想が膨らみ始め、ばちゃんと湯船に頭から突っ込んだ。
クアンがいるから正確には二人きりではない。
それでも夏休みという特別な響きに胸は勝手に期待してしまう。
身体を念入りに洗い着替えを済ませると淫らな思考は落ち着いてきた。
部屋を出て応接室に行くとアドルフとジンの姿があった。ルイスを待っている間、お茶を飲んでいたようでテー ブルに茶器と菓子が並んでいる。
「アドルフ!」
「もうすっかり元気そうじゃな」
「アドルフが煎じてくれた薬草のおかげたよ。本当にありがとう」
「それは構わん。だが」
一言言葉を区切ってちらりと隣のジンと目くばせをした。
「もうルイスとバレだと認識してもよいのか?」
「うん。最初から気づかれてたみたい」
「残念。女装姿結構似合っておったのに」
「やっぱおまえの差し金か」
ジンがアドルフに食ってかかりそうな勢いなので慌てて間に入る。
「最終的に決めたのは僕だからアドルフを責めないで」
「……だが」
ジンはまだ腑に落ちていない様子だったが、アドルフが続けた。
「ジンが女遊びをしておると噂を聞いての。ルイスを女装させてその気にさせようかと思ったんじゃが、あれはフェイクじゃったのだな」
「フェイク?」
ジンを見上げると罰の悪い顔をしている。
「女遊びをしてると噂を流せば婚約者になりたがる奴なんていないだろ。十歳ではもう婚約者を決めなきゃいけなかったんだ。でも俺はルイス以外考えられないからそんな嘘を流した」
それほどルイスを思ってくれていたのか。嬉しくて頬が熱くなる。その空気に耐えかねるようにアドル フがぱんと手を叩き、甘い空気が霧散する。
「それより今度はドクウツギを全部食べなかったのじゃな。感心感心」
「教えてもらったからね」
子どもの頃の失敗のおかげでジンを助けられて本当によかった。
「だがドクウツギなんて危険なものを店に出した記憶がないのじゃ。渡した男に見覚えは?」
特徴ある顔立ちではなかったが、男の顔はよく覚えている。黒髪の短髪で目が切れ長で理知的な印象があった。
Bクラスにはいなかったと思うが、全員を完璧に覚えているわけではないので自信がない。
ルイスが首を振るとアドルフは眉根を寄せた。
「……他の者の差し金かもしれんな」
「やっぱりジンの命を狙っているのかな」
ジンを見上げると目を細めて笑った。ルイスを安心させようとしてくれているのだろう。
「まだ髪が濡れている。しっかりと拭かないと風邪をひくぞ」
肩にかけてあるバスタオルを奪われ、髪についた水滴をやさしく拭ってくれる。長いせいで乾くのに時間がかかるが、この暑さなら放っておいても風邪は引かないのに、と唇を尖らせた。
「立場的に命は狙われたすいからな。なにもこれが初めてというわけではない」
先日の模擬戦闘以外でも襲われたことがあるような物言いに言葉を失った。そのときなにもできなかった自分に胸が苦しくなる。
「じゃがここは魔法学園。騎士団も国王ですら介入できない、いわば無法地帯じゃ。いままでのようにはいかんじゃろう」
アドルフの言葉にジンが眉を寄せた。もしかしたらルイスが思っているより、悪い状況なのかもしれない。
「誰に命を狙われているか検討はついてる?」
「他国か国内の貴族いわゆる反国王派だろうな」
「反国王派?」
そんな派閥があるなんて知らなかった。アドルフを見上げると首を振ったので、どうやら一般的な知識ではないらしい。
「 この国の国王は竜の選定によって決められるのは知ってるだろう。だが実はここ三百年ほど行われていない」
竜の選定によって国王が決まる。そんな常識ラダヴィア国民なら誰でも知っていることだ。
それが三百年という長い月日の間行われておらず、国民には秘密にされてきていた。
「それってつまりどういうこと?」
「竜は誰も王として認めていない」
そんなことがあるのか俄かに信じられない。 この国は竜に守られ、竜の洗礼を受けて魔力を授かり、その力で生活を支えている。
すべては竜のご加護があるおかげで安泰だと思っていたが、その実は違っていたらしい。
「でもそれだといまの国王は誰が決めたの?」
「現国王、俺の父は元々王位継承権第三位だった。だが第一位の伯父は若くして病死し、第二位もまた戦争で命を落とした。だから父が王になるしかなかった」
「そんな」
「選定が行われていないということは竜に見限られているということだ。 このことはごく一部の人間しか知らない」
「だからジンを殺して王位継承権を得ようとしている人がいるってこと?」
「そうだ。そうすると自ずと答えが出てしまう。が、俺は信じたくない」
ジンが死ぬことによって確実に王座につける人物ーージンの兄であるレナードだ。
「だけどレナード様は王位継承権第一位だからジンを殺す理由はないよ」
「俺もそう思う」
「けれど他に思い当たる節がないということじゃな」
苦虫を噛み潰したような表情のジンに胸が痛んだ。実の兄から命を狙われるなんて悲しいに決まっている。
もしかして、と先日の一件を思い出す。
「レナード様は僕がルイスじゃないかと勘づいていた。そしてこっちにないかと誘われたんだ」
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