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第37話

 二日が経ち、ジンは城へ戻った。城に行けば騎士団もいるし、身の安全は保証される。  けれどなにかあったときにすぐに駆けつけられないのはもどかしい。  ジンから手渡された石碑を撫でるとひんやりとして気持ちいい。  風の魔法がかけられた魔法具で、遠くにいる相手でもリアルタイムで会話ができる。壊れないようにハンカチに包んでポケットにしまった。  「この道も懐かしいの」  「そうだね。だいぶ緑が増えたね」  ジンが城に戻っている間、アドルフと小屋に帰省することにした。長い間誰も住まないと家が傷んでしまうし、埃も溜まっているだろう。  久々に帰る家に気持ちが高ぶる。  街を抜け、湖へと向かう道中は緑豊かになっていた。  入学してから四ヶ月 経ち、季節は夏真っ盛りだ。  「もうすぐ竜脈だね」  「そうじゃな。ここも草が生い茂っておるから切っておかんとな」  竜脈近くは魔力を吸われてしまうので人の姿がなくほっとした。  いくら髪の色を変え、女装をしても、街を通過するときに気づかれるんじゃないかと不安になる。  竜脈に一歩踏み入れると違和感があった。なぜか胸の奥がぞわぞわするのだ 。 ( 魔力がないから吸われている感覚とは違う?)  身体をざらざらの舌で舐め回されているような気持ち悪さだ。  足を止めたルイスにアドルフが振り返った。  「どうかしたか?」  「……ううん、なんでもない!」  久しぶりに外を出歩いたから緊張しているのだろう。アドルフの背中に追いつくように小走りをした。  小屋の掃除や空気の入れ替えをして、夕飯を作り終えた頃にポケットのなかが熱い。  ハンカチを取り出すとジンから渡された石碑が光っている。それを耳に当てた。  「ジン?」  『よかった。繋がったな』  「なんか顔が見えないのに声だけ聞こえるのは変な感じがする」  『そうだな』  ジンの笑顔を思い浮かべ、胸が温かくなった。顔が見えないのは残念だがこうして声が聞けるのは嬉しい。  「いまなにしてたの?」  『地下の書庫を調べていた。やはり持ち出された形跡はないな』  「やっぱり他に誰か持っていたのかな」  『その可能性が高い。だがいい知らせもある』  「なに?」  前のめりに訊ねるとジンは勿体ぶるように一拍おいた。  『光の魔力についての本があった』  「すごい!」  『それがかなり昔のもので古代文字で書かれている。解読するのに時間がかかる』  「でも一歩前進だね」  『ルイスならそう言ってくれると思ったよ』  その言葉にきゅっと胸を締めつけられた。ルイスを理解してくれている言葉に愛情の深さを感じ、ジンに触れたくなる。  先日の出来事を思い出し、頭が茹ってきて追い出すように首を振った 。  「いまどこにいるの?」  『自分の部屋だ。ルイスは?』  「僕もだよ。そろそろ日が沈むね」  高い木に囲まれたところに小屋があるので暗くなるのは早い。  蝋燭を灯していないと手元すら見えなくなる。  部屋にオレンジ色の斜光がさす。この夕日をジンも見ているだろうか。  『アドルフは一緒に帰ったんだよな』  「そうだよ。いまはちょっと出かけてるけど」  忘れ物をしたとかで小屋に帰って来たらすぐに引き返してしまった。日が沈むまでには戻って来ると言っていたからそろそろだろう。  『……羨ましいな』  「羨ましい?」  一国の王子様がなにを羨ましがるのだろうか。  食べ物も衣服もルイスでは到底手が出せない一流品に囲まれてい て、なに不自由ない生活をしているのに。  『ルイスとずっといられるアドルフが羨ましい』  「ジンだって学園にいるときは一緒でしょ」  『でもそれも三年しかない』  「……そうだね」  いつか必ずくる別離を想像しただけで胸が張り裂けそうだ。いまはまだジンとの甘い夢に溺れさせて欲しい。  『もう少し待っててくれ。ルイスに寂しい想いはさせるつもりはない』  「ジン……ありがとう。大好き」  ルイスを悲しくさせないための睦言でも心は満たされる。  『俺も。愛している』  「顔が見えないといいね。なんだかなんでも言える気がするよ」  『そうだな。でもいますごく触れたくなってくる』  甘く鼓膜を震わせる言葉に頬が熱くなる。また先日の情事のことが脳裏を過ってしまう。  お互いの屹立を激しく扱き、数えきれないくらいキスをしてーー  『いまルイスがなにを考えているか当てようか?』  「いいっ! だめ!!」  『そんな反応するともう答えているようなもんだろ』  「……っ」  すけべだと思われただろうか。身体中が火照り、窓から視線を反らした。  『早く会いたい。学園にはいつ戻って来る?』  「三日後くらいには帰るつもり」  『じゃあ俺も合わせるよ』  「うん」  『そしたら最後まで抱くから』  「抱くって」  『ベッドで待ってる』  ちゅっとリップ音がして、全身の毛が逆立つ。それは反則だ。足に力が入らなくなり、へろへろとその場に座り込んだ。  『これ以上話していると会いたくなってしまうから切るよ』  「うん……」  早鐘を打つ胸を押さえて息を吐いた。  「……準備してからいくね。おやすみ!」   ジンがなにかを言う前に通話を切った。我ながらとんでもない発言をしてしまった。  (だってジンがあんなに物欲しそうな声をするから)  それにあてられたせいだ。そうに違いないとジンに責任を押しつけて、熱が下がるのをじっと待った。  

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