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第40話

 「なにを言ってるの? 僕に魔力なんてない」  六年前の洗礼式のとき、ルイスだけ魔力を授からなかった。  そのことはアドルフはよく知っているはずだ。  「まだ気づいておらんのか」  「気づくってなにを」  アドルフは呆れたように溜息を吐いた。あたかもルイスのことを小馬鹿にしたような仕草に苛立ちが募る。  「ルイスは光の魔力の持ち主に選ばれたのじゃ」  「……僕が?」  俄に信じられない。けれどアドルフに指摘され、いままで空っぽだった器に力が注がれた感じがする。  身体の底で湧き立つものを感じる気がした。  「もっと自分を信じるのじゃ。でないとジンはこのままだと死ぬぞ」  「そんなこといきなり言われても」  横たえたジンは浅く呼吸を繰り返していて、すごく辛そうだ。靄は完全に払えていない。呪いがまだ消えていないのだろう。   闇の魔力に唯一対抗できる光の魔力だけ。  それを自分が持っているならやるしかない。 大切なジンをもう二度と失わないように、こんどこそ守り抜く。  「わかった。やってみる」   息を整えてジンに向けて手をかざした。  (お願い。ジンを闇の魔力から開放して!)  強く願うと手のひらが再び熱くなる。 さっきよりも光は強く、目を開けていられない。  体内に溜まっていた器が血流に乗って手のひらに流れていく。    風が吹き荒れ、カーテンがバサバサと靡き、飛ばされないように歯を食いしばった。  なぜかジンとの思い出が走馬灯のように流 れる。  泣いていたジン、大人を手で制するかっこいいジン。水浴びをしてはしゃぐ子どもらしい姿。でも抱きしめられた腕の強さに驚いたっけ。  (大好き。大丈夫。僕が助けてあげるから)  光が弱くなっていき目を開けるとジンの周りから靄が消えてなくなっていた。  呼吸も通常通りで、顔色も悪くない。  「……ジン?」  名前を呼ぶとジンの睫毛が震え、ゆっくり瞼が開かれる。 ルビー色の瞳と目が合って涙がこぼれた。  「ルイス?」  「よかった!」  抱きつくとジンは状況を理解していないのか戸惑っている様子だった。そんなものお構い無しにルイスが泣き始めたので、さらに困惑しているようだ。助けを求めるようにアドルフを見上げている。  「俺は一体なにをしていたんだ」  「闇の魔力を受けて、操られておったんじゃ」  「……そうか。だからここ数日の記憶がないのか。でもどうして呪いが解けたんだろう」  「それは……」  なんて説明しようかと言葉を探しているとアドルフが小さく咳払いをした。  「ルイスが光の魔力の持ち主だからじゃ」  「光の……魔力?」  信じられないと目を広げるジンにさらに言葉を重ねた。  「そこで倒れてるクアンもかなり重傷じゃったが、光を受けてほらもう治っておる」  意識は戻っていないものの額の傷がキレイになっている。  「ルイス、髪が」  「髪?」  長い毛先を引っ張って見ると黒髪ではなく、元の金髪に戻っていた。  「クアンさんが目を覚ます前に黒髪にしないと」  慌てて立ち上がろうとするとアドルフに制された。  「もう無駄じゃよ。薬を使ってもすぐに金髪に戻る」  「なんで?」  「光の魔力は誰にも干渉させることはできないからじゃ」  「干渉?」  「何者もルイスに手を加えることができないということじゃ」  「それって」  まるで神様みたいじゃないか。  ルイスの心を読んだのかアドルフは唇のはしきゅっと上げた。  「どうしてアドルフはそんなに光の魔力について詳しいんだ?」  ジンの質問にさらにアドルフの笑みが深くなる。  確かにアドルフはいろんなことを知りすぎている。  闇の魔力や光の魔力のことも古代文字で書かれたまま巷には広まっていない。言伝のみ伝えるおとぎ話みたいなことに詳しすぎていた。  まるでそばで見てきたようなーー  身体が恐怖で戦慄く。 アドルフは一体何者なんだ?  ルイスとジンの視線を受け、アドルフは髭を撫でつけるように顎を擦った。  「我が竜だからじゃよ」  「竜って」  「この国の守護神じゃ。なんだそんなことも知らぬとな?」  アドルフの告白に頭が真っ白になって言葉を失った。  「竜は人の姿をしているのか?」  「いや、これは仮じゃ。人間の生活に溶け込むならこっちの方がいいしの」  ジンも驚いて固まってしまっている。  アドルフだけがいつもと変わらず飄々としており、その様子が不気味に映るくらいだ。  「ジン樣、お怪我は!?」  クアンが目を覚まし、すぐにジンを庇うように身構えた。きょろきょろと周りを見回し、首を傾げている。  「いまはどういう状況ですか?」  「俺にもよくわからない」  どう説明したらいいのだ。というか自分も納得しきれていないものを人に説明するのには無理がある。  現状を理解しようと周りを注意深く見ていたクアンと目が合った。  「おまえ……ルイス・カーティか?」  「ぼ、僕は」  「ジン様、離れてください! こいつは忌み子です。なにをされるかわかりません」  「落ち着け、クアン」  「落ち着いてなんていられません!」  クアンの剣幕にさすがのジンも驚いているようだ。  「やれやれ。騒がしいからここいらで退散するか」  アドルフが指を揺らすとルイスの身体が浮いて、そのまま彼の元へ向かい抱きかかえられてしまった。  「しばらく小屋におる。なにかあったら連絡を寄越せ」  パチンの指を弾くとアドルフを中心に突風が吹き荒れた。  「ルイス!」  「ジン!」  声だけが虚しく響き、身体がふわりと浮く感覚に目を瞑った。  

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