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第42話

 懇願するような瞳に憐れみはない。ただ赤い瞳には暗く影がさし、この世界に憂いているように見え、胸が苦しくなった。  アドルフはこの国に人間に絶望したのだ。  「数百年前にも魔力を与えない子がいた。その子は知識が豊かで手先が器用でなんでもできた。魔法なんてなくても強く生きられるーーそう思ったのじゃが」  途端にアドルフの表情は苦悶に変わる。  「村の者は忌み子だと罵って、その子を殺したのじゃ。不吉の前兆だと」  「そんな」  最悪な結末に言葉がでない。  肩が震えた。もしかしたらルイスも殺されていたかもしれない可能性があったのだ。  街を追い出されただけやさしいものかもしれない。  「我はそんなつもりはなかった。だが人間の前に姿を表すわけにはいかず、ただ見ているしかできなかった。生涯でただ一人愛した男なのに」  アドルフが泣いているのかと思って頬を触ったが涙がこぼれていない。悲しそうに目を伏せた。  「竜は神だから涙は出ないのじゃ。そして自分から死ぬこともできない。この三百年、ずっと死ぬことばかり考えていた」  死ぬことができないアドルフは愛する人を失っても生きるしかなかった。そしてもう二度と誰も殺されないように、魔力を均等に与え続けとうとうその力が尽きようとしているのだろう。  「ジンに闇の魔法をかけたのも我じゃ。その前の生徒たちもな。ルイスを危険な目に遭わせて申し訳ない」  頭を下げるアドルフのうなじを見つめた。  アドルフの身体は震えている。後悔しているのが見て取れて苦しくなった。  最愛の人を亡くし、死ぬこともできず、ただ搾取されるだけの日々はどれだけ辛い時間だったろうか想像するしかできない。  もしルイスだったらどうだろう。  ジンを失うかもしれないという状況は自分が死ぬより辛かった。その痛みは消えることなくずっと刻み続け、愛する人を奪った人間を憎んでいただろう。  でも、アドルフからは憎しみは感じない。ただ人間への深い愛情があるせいで心が疲弊してしまっている。  ルイスに薬草のことや魔法のことを教えてくれたのがいい例だ。放っておくこともできたのに過去に忌み子と呼ばれた人と同じ末路にならないよう護ってくれていた。  そこにどんな思惑があったとしても変えようがない真実だ。  「アドルフは莫迦だ。莫迦で、自分勝手で、子どもだ」  「返す言葉が見つからんよ」  「でも僕はそれにずっと救われたんだよ」  アドルフの目が見開かれる。上向いた睫毛に縁取られた目尻に涙が浮いているように見えた。  「僕たち人間も竜を蔑ろにしてきた。たぶん魔法があったから驕ってしまったんだ。でも見捨てないでくれてありがとう」  「……あの男と同じようなことを言うんじゃな」  ルイスの背後に愛する男を思い浮かべたのかアドルフの表情が柔和になる。  「僕も頑張るから。もう少し人間を信じてみてよ」  「……誰か竜脈に来たようじゃな」  窓の外を見ると誰かが近づいて来るのが見えた。背が高く銀色の髪を一心不乱に乱している。  「ジン!」  「連絡しろと言ったのに。短気な奴じゃな」  ジンは乱暴に扉を開け、ルイスとアドルフを認めるとほっと息を吐いた。でもその顔には大汗をかいている。  「ここは辛いじゃろうに。よく来たの」  「ルイスが攫われたんだ。死んでも来る」  「素敵な王子様じゃの」  そう揶揄れて下を向く。でもいまはそんなことに照れている場合じゃない。    「ジン……アドルフを責めないで」  「そいつを庇うのか」  「違うよ、ジン。話を聞いて欲しい」  「こいつはおまえを利用したんだぞ!」  ジンの怒声に枝で休んでいた鳥たちがばっと空へ飛んでいく。  目を血走らせたジンの表情からはアドルフへの憎しみが広がっている。  「ルイスに魔法を与えず、忌み子と呼ばれ実の両親にまで石を投げられて……。ルイスがどれだけ傷ついているのかわかっているのか!?」  「すまないことをした」  「そんなんで済むわけがないだろ!」  「やめて、ジン。僕は大丈夫だから」  「大丈夫なわけあるか!」  怒りに顔を歪ませるジンは冷静ではない。どうすれば話を聞いてくれるのだろう。

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