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第43話
ルイスは腕を伸ばジンの背中を撫でた。
「ジン、大好き。僕は大丈夫だから。怒ってくれてありがとう」
何度か撫でているとジンの荒い呼吸が落ち着いてくる。額に浮かんだ汗を拭い、ふうと息を吐いた。
「悪い。冷静じゃなかった」
「ルイスはとんだ猛獣使いじゃ」
アドルフはくつくつと笑うのを睨みつけてからジンは口を開く。
「話は聞こう。でもここはキツイ。竜脈の外に出てもいいか」
アドルフを見上げると小さく頷いたので湖の畔まで移動した。
「神だと……竜だと言ったな」
「そうじゃ。我が死ぬためにルイスを利用した」
「おまえ!」
また食ってかかりそうなジンを押さる。
「ジン、それはもういいんだよ」
「よくない! 俺はおまえを許さない。そんなに死にたいなら俺が楽にさせてやろうか」
ジンは腰に携えた剣に手をかける。腰を低く落とし、臨戦態勢になった。
「人間は争いを好む種族じゃの。なぁ、ルイスよ。おまえが願えば人間をすべて滅ぼそうか」
「……なにを言っているの?」
「ルイスに石を投げた者も両親もすべて消してしまおうか」
悲壮感を滲ませて俯くアドルフに胸が苦しくなった。
アドルフは人間に絶望してしまった。それはつまりもう人間にはなにも期待していないということだ。
なにをしても振り向いてくれないならいっそなかったことにしようとしている。
ルイスは拳を強く握った。
「僕は誰も恨んでいないよ」
「じゃが酷い目に遭わされただろう」
「確かに辛かったよ。でもアドルフやジンのお陰で救われたんだ。アドルフもそうだったんじゃない?」
目を見開いたアドルフは驚いたように顔を上げた。そしてふっと鼻で笑う。
「そうじゃな。そうじゃったな。何度裏切られてもいつも癒やしてくれたのも人間じゃった」
「祈りの力が足りないなら僕はこれからも祈るよ。毎日の幸せに感謝をする」
手をくんで祈りを捧げる。辛いことも多かったけれど、振り返れば楽しいことも幸せを感じることもたくさんあった。
身体がぽかぽかと温かくなり、光を帯びているのがわかる。
(これが光の魔力……)
光がどんどん強くなっていき、空に放たれた。ぱんと弾ける音に驚いて顔をあげると白い竜が上空に浮かびこちらを見下ろしている。
さっにまで目の前にいたアドルフがいなくなっていた。
「竜神様だ!」
街から感嘆の声が響いてくる。みんな竜を見て驚いていた。
(一体アドルフはなにをするつもりなんだ)
不安げに見上げていると隣にいるジンが手を握ってくれた。その温かさに不安が薄らいでいく。
『これから選定を行う』
「選定ってまさか国王を決めるということ?」
ジンと目を合わせて首を傾げた。竜がーーアドルフがなにをしようとしているのだろう。
『国王をルイス・カーティとする』
「え!? 僕が?」
どよめきが湖まで届いてくる。きっと街の人はルイスが死んだものだと思われている。名前がでて驚いているのだろう。
『彼は光の魔力を授かった唯一の存在。無病息災。どんな怪我や病気も治せる力を得た』
竜の言葉にみんなが緊張しているのがわかる。
(僕が国王に? 冗談じゃない)
ルイスは息を大きく吸い込んだ。
「お断りします!!」
人生で一番大きな声を出した。竜は驚いたように長い身体をくねらせた。
「僕は大好きな人と、ジンとこれから先、隠し事もせずに生きていければそれだけで幸せです!」
『富も名声もなにもかも手に入るのにか?』
「お金は生きていくのに必要な分だけあればいいです! それよりもずっとジンと一緒にいたい!」
「ルイス……」
ジンに抱き締められて、その大きい背中に腕を回した。辛いときずっと心の支えだったジンさえそばにいてくれればなにもいらない
『……そうか。あい、わかった』
竜は残念そうに頭を下げた。そして鋭い牙を覗かせた。
『我に祈りを忘れるではないぞ』
そう言い残すと竜は空高く飛んでいってしまった。
「行っちゃったね」
「そうだな」
「毎日毎日感謝しようね。幸せをありがとうって祈ろうね」
顔をあげるとキスをされた。触れるだけの唇はすぐに離れ、ジンが「そうだな」と言って目尻を下げた。
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