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第44話

 竜が姿を消したあと、街中の人がルイスを探しに駆けずり回り街にいないとわかると湖まで押し寄せてきて逃げる暇もなく見つかってしまった。  また石を投げられる、と身構えるルイスをよそにみんなが頭を下げる。  「すまなかった。本当に悪いことをした」  まさか謝られるとは思っておらず、なんと返せばいいのかわからなかった。  傷ついた心は少しずつ癒えてきてい るが完全に治ることはないだろう。  そして両親にも十年ぶりに再会した。白髪と皺の増えた両親は涙ながらに謝罪の言葉を述べる。  「許しておくれ、ルイス」  「あなたを傷つけてまで自分たちを守ろうとした愚かな私たちを見捨てないで」  小さくなって何度も謝罪する両親を見て胸が締めつけられた。   怒ってはいない。ただとても悲しかった。  その気持ちをどう言葉にすればいいのかと悩んでいると隣に立っていたジンに腰を抱かれた。  「みんな、自分勝手だ。手のひらを返したように態度を変え、この十年間ルイスがどんな気持ちだったか知ろうとしない」  怒気を含んだ声に両親や街の人が息を飲んだ。図星だったのだろう。誰もジンの言葉に反発する者はいなかった。  「竜の選定を受けたルイスのおこぼれでも貰おうとしているんだろ。なんて浅はかだ。恥を知れ」  言い返す言葉がないのかみんなしゅんと肩を落とす。  「せいぜいこれから毎日竜に祈るんだな。そして日々に感謝しろ。行こう、ルイス」  ジンに促されて湖を後にした。振り返るとみんな困ったような顔で互いの顔を見合っていた。  「気になるか?」  「父さまも母さまもいるからね」  「ルイスはやさしすぎる。あのままにしたらみんなのことを許していただろう」  「謝ってくれたし」  「少し反省させた方がいい。そうすれば竜への感謝の気持ちも出てきて自然と祈るようになるだろう」  「そうかな」  そうだといいなと赤く染まり始めた空を見上げる。きっとアドルフはこの大空の下のどこかで、人間たちの暮らしを見守ってくれているのだろう。  そう思うと心が温かくなった。  「でも僕が選定を蹴ってしまったから王様はいまのままかな?」  「そうだろうな」  「じゃあその次はジン? それともレナード樣?」  「俺は王にはなるつもりはない」  「そうなの?」  ジンの言葉に目を丸くした。王位継承権第二位で王になる資格はあるというのに。  「そもそも国王は竜が決めるから王位継承権なんて人間が勝手に作ったものだからあまり意味がない」  「でも」  「俺はずっと王位を捨ててルイスと一緒になりたかった」  「それって市民になるってこと?」  「そうだよ。竜がでてきたお陰で早く捨てられそうだ」  「でも」  そうなると暮らしがまるっきり変わる。食べものも違うし、着る服も上等な布のものではないから肌に合わないかもしれない。  貧しい暮らしをしてひもじく暮らすジンを想像して、頭を振る。  「ジンは王位を捨てることをわかってない。どれだけ市民の暮らしが辛いものか知ってるの?」  「ルイスと一緒に変えていきたいんだ」  ジンのルビー色の瞳に強い光が宿る。  「学園に来て気づいたんだ。貴族や王族がどれだけ贅沢な暮らしをしているのか。それを支えてくれている市民を見下している愚かな姿に軽蔑した」  魔法学園は貴族と市民の棟をきっちり分け、教室から寮の細部に至るまで装飾品や造りに差があった。  そして街でもそうだ。  貴族は着飾り、毎日のようにお茶会やパーティをして楽しく過ごしているが市民は馬車馬のように働かされている。  それをなくしたいということなのだろう。  ジンの理想とすることはわかるが、一体どうやるつもりなのだ。  王位もない、ただの市民に成り下がるジンになにができるのだろうか。  不安げに見上げるとジンの力強い瞳に見返されてその思いは消えていった。  (ジンのことだからきっとなにか考えてくれている)  ルイスのこともずっと諦めないでいてくれた男だ。勝算があるから勝負に挑むのだろう。それを支えてあげたい。  「僕もジンと一緒がいい」  ジンに抱きつくとひょいと軽々と抱えられた。足が宙に浮いて不安定になり、ジンの首に腕を回した。  「でも王族と同じような暮らしはできないよ。食べ物も着るものも上等なものじゃない」  「二人一緒ならどんな生活も楽しいだろ」  「そうだね。すごく楽しみ」  顔を近づけられ額をこつんと合わせた。温かい体温がルイスのなかに流れてくるようだった。

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