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7.トラウマ
それから、彼の声が聞こえると、彼の姿を見かけると、つい見つめてしまう日々が始まった。
ああマズい…。このままじゃあ、恋が始まってしまう。
嫌な予感は当たってしまう。
あんなリア充で格好良い人相手に、上手くいきっこないのに………
なのに彼は僕を見かける度に友達を置いてこっちに来てくれる。
本当に、良い人なんだ。
良い奴だと思われて名前を売りたいなら、もっと友達の多い人を助けたり、大切にしたりするだろう。
なのに、他の誰とも仲の良くない僕のことなんかを気にしてくれるなんて……。
「なあ、忍はなんで自分の顔、人を不快させるとか思ってんの?」
オシャレすぎて、それに1人でなんか座れるはずもなかった、構内のカフェテラスでお茶をしながら、柊くんは僕のメガネを外して弄ぶ。
「小学生の頃、クラスの男の子に言われて、…その頃と今、あんまり変わってないから…」
成長はしてると思う。もう小学生に間違われたりしない。
だけど、昔の写真と今の僕を比べたら、きっと10人が10人、同一人物だって分かる。
僕の顔はあの時のまま、不快なままで変わってはいない。
小5の時に転校した学校で、クラスのリーダー格の男子に言われたことは、今でも頭にこびり付いて僕の中を蝕んでいる。
『お前っ…!女じゃなかったのかよ!? ───男のくせに気持ち悪ぃんだよ!不快なんだよ、お前の顔!明日っから顔隠して来いよ!んじゃなきゃ、学校来れないようにしてやるからなッ!』
今の僕ならそんな事はとっくに承知しているから、『来れない』じゃなくて『来られない』だろ、なんて他人事に聞き流せたかもしれない。
だけどその頃はまだ純粋で、ぶつけられた言葉を受け止めきれずに……
翌日は泣きすぎて腫れた目では学校に行けず。
「顔を隠すものが無くちゃ学校に行けない」と泣いた僕に、両親は顔を覆い尽くすぐらい大きな眼鏡を買ってくれた。
次に学校に行けたのは、週が明けて月曜日。
僕に不快だと怒りをぶつけた彼は、先生に言われたんだろう、謝ってきたけれど、もうそんなことはどうでも良かった。
逆に、気付かせてくれてありがとうと感謝をしたかったくらい。
周りの大人や前の学校のクラスメイトたちは教えてくれなかったから。
夏になると体育で水泳の授業が始まった。
眼鏡をしたままでは入れなかったから裸眼で受けていたけれど、そうすれば男子からは好奇の目を向けられ、女子からは冷たい目で見られた。
男子は僕を見はすれど、話しかけようとはしなかった。
後後から、無視をしていたのは、リーダーの子が話しかけるなと言ったからだったと聞いた。
何故かその彼だけは、事あるごとに話し掛けてきていたから応えてはいたけれど。
そう言えばプールの日、下着が盗まれていたことがあった。
他にも鉛筆や消しゴムが無くなったり、そういう事が少なくはなかったから、またイジメかと諦めそのまま家へ帰った。
けれど、パンツはどうしたと問い詰められ、盗られたようだと答えれば、両親はそれを学校へ訴えたらしい。
いじめの責任を取らされてか、唯一僕に優しかった担任の先生は学校を辞めさせられてしまった。
若い男の先生で、こんな僕のことも気持ち悪がらずにスキンシップを取ってくれる、いつも笑顔の優しい人だった。
なのに……
今思えば、先生も、柊くんも、 僕に関わったことで不幸な目に合ってしまったんだろう。
学校を辞めさせられたり、鉄骨に潰されてしまったり。
ならば柊くんが僕の記憶を失ったことは、不幸中の幸いだったのだろう。
皐月くんにも、「僕と関わっていたら不幸になる」って訴えたけど、「そんなこと無いよ」って笑ってくれた。
「俺は悠さんが居る限り、絶対幸せだもん。それに、忍くんと一緒に居ると楽しい。楽しいって、幸せってことでしょ?だったら忍くんは俺のこと、不幸じゃなくて、幸せにしてくれてるよ」
そして、秦野も幸せそうだったけど…と悲しい目をして首をひねるのだ。
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