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13.好事家
「帰りたくないな…」
口をついて出た小さなボヤキは、誰の耳に入ることもなくカクテルグラスに飲み込まれたはずだった。
皐月くんは、ダーリンの香島さん(常連の諒さんがそう言うからうつっちゃった)が迎えに来て帰っていった。
皐月くんは心配してくれたけど、適当に帰るから大丈夫って言って、帰ってもらった。
だって、前に皐月くん、金土の夜はイチャイチャの日なんだって言ってた。
邪魔…したくないから。
何かあったら電話してって言ってくれた。うちに泊まりに来てもいいんだからね、って。
そんな優しい友達の迷惑になっちゃうようなこと、したくないよ。
僕は2杯目もノンアルコールカクテルをお願いして、これが終わったら帰ろうと、自分に言い聞かせながらチビチビと飲んだ。
隣に誰が座っただとか、全然気にしてなかったんだ。
「忍ちゃん、帰りたくないの?」
突然声を掛けられて、隣に座る人を見上げた。
良くここで会う人、ローズの常連、長原さんだ。
20代後半で、前に名刺をもらったけど、この近所の会社で主任さんをしてるらしい。
会う度に、僕のことを可愛い可愛いって言ってくれるおかしな人。
柊くんは苦手みたいだけど、実は僕は嫌いじゃない。
だって、お世辞でも僕を褒めてくれる貴重な人。相当危険な人じゃない限り嫌いになれる訳が無い。
「う…ん、帰りたくない、です。けど、何処か泊まるほどのお金も無いし」
「俺とホテル泊まる?」
「泊まらないです」
「デスヨネー」
また長原さんのいつもの冗談。
こういうやり取りも柊くんは許せないみたいだ。けど…、もう柊くん、僕のこと要らなくなっちゃったんだもんね。
もうからかう相手も居ないんだから、長原さんも冗談なんか言ってもしょうが無いのに。
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