「長原さん、遊び相手なら他のお店で探して下さいね。出禁にしますよ」 不意に掛けられた声に顔を上げると、マスターがにっこりと綺麗な笑みを湛えて長原さんを見つめてた。 「遊びならね、俺もここには来ませんよ。でもさ、リュートさん。俺だって、運命の相手を探しに来たっていいでしょうが」 「お客様、馴れ馴れしく名前で呼ばないで下さい」 「…はい。スミマセンでした、マスター」 「ふふっ」 2人のやり取りが可笑しくて、つい笑ってしまう。 マスターは普段は優しくて礼儀正しい人なのに、時々こうやって常連さんをからかって遊んでる。 こういうところが綺麗なだけじゃない、親近感が沸いて、更に好きになっちゃうところなんだよね。 「あ、でも長原さん。冗談言って遊ぶなら、もう僕相手じゃつまらないと思いますよ」 運命の相手を探しに来てるなら尚更、こんなところで僕と遊んでちゃいけない。 そう思って、僕は彼にそれを伝えた。…つもりだった。 ん？と首を傾げる長原さん。 だけど本心では、この人なら皐月くんとはまた違う言い方で慰めてくれるかも…なんて、そんな風に思っていたんだ。 いつからかすっかり甘えたになってしまっていた僕は、笑顔を崩さないままに口を走らせた。 「僕もう、柊くんからお払い箱にされちゃったので」 思ってることとやっている事が支離滅裂で、自分でも嫌になる。 僕に構わないで運命の相手を探してって思いを伝えた、その舌の根も乾かぬうちに、淋しいから構ってくださいって甘えてるみたいで。 「あのっ…だから、僕と遊んでも…」 「平井くん」 慌てて入れようとした訂正が、マスターの静かな声に遮られた。 「忍ちゃん、どういう事？」 長原さんの表情も、いつもの柔らかさを失ってる。 「え…と…」 「平井くん、それは一時の話かもしれない。彼が全てを思い出した時、平井くんが変わってしまっていたら、秦野くんはきっと、とても悲しむよ」 真剣な顔でそう訴えてくるマスターは、本当に僕達のことを考えて言ってくれてるんだろう。 そしてそれは、確かに正しいことなのかも知れない。 けど……… 「彼は元々ノンケだから、やっぱり僕とのことは無かったことにしようとしてるんじゃないかなって思うんです」 「そんな事ない！だって、現に皐月くんは…っ」 「皐月くんは、抱かれる側でしょう？女の人じゃ代わりは出来ないもん。それに、真面目な人だから。柊くんは元々、遊んでる人なんです。でね、巨乳の女の子が好きなんだ」 えへへ、と笑いながら、平気な顔をしてツルペタな自分の胸をひと撫でしてみせる。 「それに、柊くん、僕の妹とも付き合ってたんだそうです。それで、今は向こうと上手くいってる」 息を飲む2人の姿に、やっぱり僕はヒドイことをされていたんだなって、再確認。 柊くんのこと、サイテーなヤツだって…そう思えば、いつかきっと好きじゃなくなること……できるよね…？ 「もし記憶を失ったのが本当で、いつか僕のことを思い出して悲しくなったとしても、そんな事、僕は知らない。だってね、訪れないかも知れない未来じゃなくて、僕は今……今がすっごく悲しいんだから」 だから投げ遣りになりたいわけじゃないけれど、僕からも忘れてやるんだと宣言すれば、今度はマスターもそれを否定しようとはしなかった。