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18.可哀想
机に置いた眼鏡を掛けてから、ドアを開けた。
柊くんは、どうも、と言ってから僕の部屋に足を踏み入れた。
「昨日さ、明理 の部屋行ったんだけど、全然覚えてなくてさ」
いきなり妹の話。
部屋を見せて欲しいと言ったくせに、柊くんは室内を見渡すこともしないで、当たり前のようにベッドに腰を下ろす。
「記憶が無いなら、覚えてないのも当然なんじゃないかな」
そこに座って、「ん」って両手を広げて僕を呼ぶのが、柊くんのお決まりのポーズだった。
本当は、覚えてるんじゃないかな。無かったことにしようとしてるだけで。
それとも体が勝手に動いてるだけ?
僕のことを記憶してなくても、心は僕を求めていたりするの…?
「でさ、明理が舐めてきたんだけどさ、まあイケたことはイケたんだけど、あんま気持良くなくって、こんなもんだったかなぁってさ」
「っ!……何が言いたいの?」
足を広げて座った柊くんは、僕にちょいちょいって、近くに来るようにと指を使って呼び寄せる。
妹とのそんな話を聞かされて、僕が平常心でいられるとでも思ってるんだろうか?
…やっぱりノンケのリア充になんて、碌 な人がいない。
「正直、俺のを舐めてる明理見ても、なんも感じなかったんだよな」
「……付き合ってるんじゃなかったんですか?」
僕と付き合ってた陰で、同時に付き合ってた相手じゃないの?
僕じゃ満足できなかったから、そっちで補填してたんじゃなかったの?
「そう言われたからそうかなって思ったけど、正直あんま好みじゃねーし」
「……可哀想」
「いや、悪いとも思うけどさ」
誤魔化すように頭を掻く柊くんは、とても悪いと思っているような表情ではなく……。
ああ、そう言えばこの人、僕と付き合うまでは結構いい加減な付き合い方をしている人だったと思い当たる。
ううん。もしかしたら、僕と付き合っている時も、いい加減な気持ちだったのかも。
「……さっき、半裸のお前見てたらさ…」
「半裸って…!」
「勃った」
「───っ!!?」
「ココ」
「っ───見せなくていいよっ!!」
スウェットとパンツを一緒に掴んで、ゴムを広げようとする柊くんを慌てて止める。
「つかさ、なんでそんなメガネしてんの?」
腕を押さえつけた手を逆に掴まれて、眼鏡を外された。
取り返そうとするけど、ベッドの上に放り投げられて、レンズ越しではない生の視線に途端落ち着かなくなる。
「あ…のっ、おねがい…やだっ」
「やだって、まだなんもしてないだろ?」
「かえしてっ」
「やっば…、泣き顔スゲェ。下半身直撃」
「わっ!…やっ」
腕を強く引かれて、膝の上に乗り上げた。
こんなの…付き合ってた時とおんなじ、で……
忘れたくせに!僕のこと、忘れたくせに!
悔しい…悲しい気持ちが溢れ出す。
「なあ…、俺、この部屋知ってる」
ベッドの上に軽く放り出された。
そうして柊くんは立ち上がる、から……
帰ってくれって、このまま出て行ってくれって。
そう願ってるのに、彼は僕の机に向かうと、一番開けて欲しくない引き出しの奥の奥を暴き出す。
「やっぱり。…なんで俺、こんなん知ってんだろうな?」
戻ってきた柊くんの手には、使いかけのローションとコンドーム。
「返してっ」
取り返そうとしたそれは、ひょいと上げられ指先を滑べる。
「これってさ、さっき言ってた恋人候補と?昨夜ももしかしてソイツとヤってた?可愛い顔して、なかなかやるねぇ」
「違うっ!あの人はっ、僕が好きになるまで手は出さないって言ってくれたからっ、そんなことしてない!」
「じゃあ誰としてたの?一人で?見た目によらず、エッチな子なんだね、忍は」
───見た目によらず、エッチな子なんだね、忍は。
熱で溶かされちゃいそうな雄の目をして、僕の中を打ち付けてくる柊くんの姿が、目の前の彼に重なる。
髪を乱して、汗を滴らせて、最後は僕がもうムリだって泣いてるのを嬉しそうに見下ろしながら、奥深くに幾度も突き込んでくるんだ。
……だけど、おんなじ顔で、おんなじ人の筈なのに、この人は僕を好きな柊くんじゃない。
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